人気ブログランキング |
『千の風になって』宝塚版
Quatre Saisons 〜日本の四季を歌う〜(CD)

Quatre Saisons 〜日本の四季を歌う〜(CD)
価格:2,000円(税込、送料別)

この歌は、奥さんをガンで亡くした幼なじみの友人と、その子供達を励ますために、作家の新井満氏が作ったものです。
本が出ていたり、映画の主題歌にもなったり、朝日新聞の天声人語にも紹介され大反響を呼んだそうなので、きっと世間の人はほとんどご存知なのでしょうが、わたしは全然知りませんでした。

わたしがこの曲のことを知ったのは、おととい。父の供養のために京都の大谷祖廟を訪れた日の夜、わたしと同じく宝塚ファンでもある、友達の家に泊まった時に聴かせてもらいました。

『Quatre Saisons』〜日本の四季を歌う〜というそのCDは、宝塚の娘役4人が日本の童謡を歌った心温まるもの。なかでも友達が「いいよ」と言ってかけてくれた『千の風になって』という歌は、それはそれは素晴らしいものでした。

宝塚歌劇団は、歌劇と言う割に意外と歌のレベルは今イチだったりします。女性誌でもてはやされている有名どころのOG女優の歌を聴けば、その実力は推して知るべしです。
ただ、華やかではないけれど、彼女たちよりもずっとずっと実力を持った生徒(劇団員のことをこう呼びます)がいることも確かです。

このCDで『千の風になって』を歌っている”音花(おとはな)ゆり”ちゃんは、実は友達の親戚であり、お母さんも元タカラジェンヌ。おまけに妹さんは、今売り出し中の”相武紗季(あいぶさき)”ちゃんなのです。

この歌は、亡くなったひとが、遺されて悲しむ人たちに向けて「わたしは死んだのではなく、大空を吹きわたる風になったのですよ」と語りかけるというものですが、偶然にも、父を弔うための旅先で知ったわたしは、これよって死生観に大きな影響を受けました。
死んで風になるかどうかなんて、やっぱりわからないのです。
わからない方がいいのです。
でも、この歌を聴くとなぜか涙が出るのです。

人は、清くもなく正しくもなく美しくもありません。
もちろん宝塚だってそれは同じことです。
だからこそ人は「清く正しく美しく」ありたいと願うのでしょう。
わたしも心の中で、”できる範囲で”清く正しく美しくありたいと願っています。
そう思うのは、かつて自分を愛し慈しんでくれたひとが、千の風にのって見守っていると、どこかで思っているせいかも知れません。

ネットでほかの方々が歌っているのを試聴してみましたが、わたしはやはり、ゆりちゃんの声がいちばんこの歌にしっくりくる気がします。(ヒイキ目か?^^;)
一緒に歌っているほかの3人の歌声もなかなかなものです。
宝塚の人だと言わなければ、まずわからないでしょう。
安田姉妹の童謡を聴くなら、たまにはこんなCDを聴いてみるのもいいのでは?
36曲入りで2000円。安い!
宝塚を知らないヒトにこそ、是非オススメしたい逸品です。
# by adukot_u3 | 2006-05-31 05:31 | TV・音楽
『立川志らく独演会』
立川志らく。
言わずと知れたあの立川談志の弟子。
自らも弟子をたくさん抱える師匠なのに、立派な黒紋付が
なんだか七五三のように見えなくもない童顔。
なのに、どことなく骨っぽい。
さほど魅力的な声でも、話術を聴かせるタイプでもない。
当然、大掛かりな舞台装置や照明があるわけでもなく、
ただ台の上の座布団に座ってしゃべるだけ。
それなのに…リアルで瑞々しい映像が目の前に広がる。
1時間近くある古典落語の長講、それも二席なのに、
なぜだかぜんぜん退屈しない。

これはスゴイ!スゴそうに思わせないけどスゴい。
プログラムには、どこまで映画的に描けるか・・・とあるが、
なるほど、ほんとうに映画を観たような気がする不思議な
落語だ。
昔ながらの古典落語の様式を愛するひとは好まないかも
知れないが、きっとこういうヒトが、古典落語を現代に
つなげるのだろう。

この日の演目は次のふたつ。

More
# by adukot_u3 | 2006-04-19 23:12 | 演劇・演芸
楳図かずお『漂流教室』
漂流教室の写真楳図かずお。
「まことちゃん」に代表されるギャグものや、不気味なホラーもので有名な漫画家だが、世間一般の人たちは、この人がそんなのばっかり描いてると思ってるんじゃないだろうか?…って一番そう思っていたのは実はわたし。ほとんど漫画読まないから。でもある人にこの作品を薦められて読んでから、楳図かずおという人の印象がガラリと変わった。

舞台は、環境の汚染によって廃都となった近未来の東京。
ごく普通に生活していた大和小学校の児童たちが、校舎ごとそこにタイムスリップするというところから物語は始まる。気づくと一瞬にして小学校の周りは荒涼とした砂嵐。いったい何が起こったのかはわからない。でも、行けども行けども果てしなく続く暗い砂漠の真ん中に、全校生徒と教師だけが取り残されたことだけは事実なのだ。

受入れ難い状況に、まず大人たちが発狂し、子供達も逃げ場のない不安と動揺から、小競り合いやケンカが絶えなくなり、やがてそれは略奪、殺し合いと極限状態にまで追い込まれて行く。その様子は、純真な子供なだけに冷酷さに満ちて凄まじい。追い込まれた人間とはこうまでになるものかと目を背けたくなる場面の連続だ。
ただし、そんな中にあっても、命を賭けて守ろうとする友情や、時空を超える親子の情愛があったりもして、わたしは、人間というものに絶望する一歩手前でかろうじて踏みとどまることができた。

しかし、むき出しの本能とわずかな理性との狭間で揺れながら争いを繰り返していた子供たちは、あるとき、このままでは自分たちに未来というものはない。あるとすれば、自分たちが今ここから作り始めるしかないことを悟る。それまで単なる読み物として見ていたわたしは、ここでぞわぞわ~と鳥肌が立って愕然とした。こ、これは現代の人類の姿じゃないだろうか…。
一気に動悸が激しくなった。そうだ、黙っていても未来は来るものだと漠然と思っていたが、それは大きな間違いだった。未来は作るものだったのだ。

わたしたちが、このままの日常を続けて行くことは、子供たちが体験した惨劇を、そのまま人類の近未来とすることになりはしまいか。これは、単なるフィクションなんかじゃない。わたしたちの未来を映したシミュレーションだったのだ。

この作品は1972年から74年、日本列島改造論で浮かれ、石油ショックや公害病で揺れる世相を背景に連載されている。かつてレイチェルカーソンさんや、有吉佐和子さんが、地球環境の危機的状況を憂えて警告を発したのと同じように彼は、その澄んだ瞳の奥から取り出したナイフをわたしたちの喉元に突きつけたのだ。
「悔い改めよと」。

それからはや三十年以上が経った。
人類は今なお争いを繰り返し、京都では議定書がひらひらと宙を舞っている。
漂流はもうすでに始まっている。
# by adukot_u3 | 2006-04-11 06:00 | 書籍
靖国神社隣の戦争資料館『遊就館』
参拝するだのしないだので、いつも話題の靖国神社。
よく聞くわりには一度も行ったことがない。
敷地内にある、『遊就館』という軍事博物館には、戦争に関する資料もたくさんあるらしいので、おじいちゃんを大東亜戦争で亡くした友達と一緒に、千鳥が淵の夜桜見物ついでに出かけた。

そこは、靖国神社とは対照的に、近代的できれいな建物だった。
入ってすぐにドーンとゼロ戦と機関車。
そういう大きなものから、手紙のような細かいものまで、明治維新以降の日本の戦争に関するものがいろいろと展示されている。
写真は特攻機「桜花」と、人間魚雷「回天」。
特攻機は写真では見たことあったものの、実物があまりに小さいのにビックリ。
そして、それよりビックリしたのが黒光りする人間魚雷の不気味さ。
定員1名。
こんなもので海中を潜って攻撃するなんて…ありえない。
でも、そんなありえないものに無理やり乗せられて、空と海から突撃し、玉砕して行ったのかと思うと、本当に気の毒で申し訳なく、なんとも言葉が見つからない。

その神風特攻隊を朝日新聞は、
『科学と物量とを唯一つの恃(たの)みとする敵に対して、科学を超越した必死必中のわが戦法はわが尊厳なる国体に出づる崇高たる戦ひの妙技』
と書いている。
科学と物量に圧倒的に勝ってる相手に対して、崇高な戦法で挑もうとするこの無謀さ・・・。
いやいや、戦争に崇高とかないし。

ふと以前行った刑事博物館を思い出した。
最初の写真にある、西洋の拷問具には「鉄娘」とか「鉄の処女」という名前がついている。
空洞になった人形のようなもので、内側一面に付いた20cmほどの鉄の刺が、中に入った人をサンドイッチ式に串刺しにするというものだ。
拷問具にそんな名前を付けるのもどうかと思うが、それに装飾を施すという感覚にビックリ!
こういう感覚はさすがに日本にはないなぁ。

人間は、いろんな方向に向いたベクトルの中でバランスをとって生きている。
そのベクトルが一方向に向いたり、ひとつのベクトルだけが極端に長くなったり短くなったりすると、突如としてバランスを崩して壊れる。
健康で平和にごく普通に暮らせるということは、実はもうそれだけで奇跡的なことなのだ。
# by adukot_u3 | 2006-04-01 02:47 | 政経・社会
わたしの池田小事件
大阪の池田小事件の当時2年生だった児童たちが卒業式を迎えたという記事を見た。
この事件のニュースを見るたび、わたしのなかでは被害にあった児童たちを悼むより先に、フラッシュバックするあるできごとがある。

池田小事件の直後、一週間も経ったか経たないかぐらいのときだったと思う。
仕事の打ち合わせ中に、親戚のA子の家の隣のおばさんから電話がかかって来た。
何かあったときのためにと連絡先は教えてあったものの、実際にかかって来たことは今まで一度もない。
いったいなにごかと恐る恐る電話に出ると・・・。
「Yちゃん(わたしのこと)、大変よ!さっきまで家の外で若い男がA子出せ出せ~!ってすごい剣幕だったんだから。ぶっ殺すとか刺してやるとかって、家の周りのもの蹴っ飛ばして暴れてたの。それでガキが行ってる学校教えろって言うのよ。もうあたし恐くて恐くて・・・」

A子は数年前に離婚し、小学生の女の子とふたり暮らしだった。
一緒に暮らしていた母親は2年ほど前に突然亡くなり、残された借金やなにやらでまだまだ落ち着かない日々を過ごしていた。
そんなときA子は、ちょっとしたことで10日間ほど入院することになり、まだ小さい子供の世話をするために、わたしはしばらくそこから通勤していた。
チンピラもどきの若い男が怒鳴りこんで来たのは、そんな時だった。

夜になってA子の家に帰宅すると、待っていたかのように男から電話がきた。
「テメエも一緒にぶっ殺してやる」
「刺されたいのか」
そのセリフは、テレビや映画では聞いたことはあるものの、電話口とはいえ肉声でのそれは、想像をはるかに超える恐さだった。
A子がなにをしたかぐらいは想像がつく。
母親の借金云々とはまた別に、昔からお金と男のトラブルが絶えなかったからだ。

翌日、警察に電話をした。
しかし、男女間のことだとわかると、とたんにトーンダウンした。
痴話げんかの仲裁などしていられないということらしい。
ストーカー被害に遭った人が、「警察は事件が起こらないと何にもしてくれない」という話をよく聞くが、まったくその通りだと思った。
特に男女間のことについては「そちらも悪いんでしょ」という姿勢がアリアリと伝わってくる。
まったくアテにならないことがわかったので、わたしは用心のために、人通りの少ない駅までの山道の往復をタクシーに変えた。

数日後、すぐそばからかかってきた電話は、今にも怒鳴り込んで来そうな勢いだった。
警察がアテにならない以上、自力でなんとかしないと、毎回刺すだの殺すだの言われつづけることになる。
わたしは意を決して男と直接会うことにした。
闇雲に会っても怖いので、今できる法的措置については、法律に詳しい人に相談した上で心構えをしておいた。
場所は、幹線道路沿いで、人がたくさんいる結婚式場横の喫茶店。
何かあった時には目配せで即座に警察に連絡してもらうように、ちょっと離れたところに隣のおばさんにスタンバイしてもらった。

山小屋風のその喫茶店に現れたのは、180cm以上 はある堂々とした体躯の若い男だった。
逆光のせいもあって、それはさらに大きく見えた。
その体とは不釣り合いな童顔に、わたしは少し戸惑った。
男は最初、電話とは別人かと思うような静かな話ぶりだった。
こんな男でもきちんと話せばわかってくれる、そう思って少し安心した。
しかし、わたしの言い方が少しでも気に障ると、キッと睨み、瞬間的に立上がって殴りかからんばかりの勢いだ。
その度にわたしは、オェーッと口から心臓が飛び出しそうになるほどドキドキしたが、うろたえると甘くみられると思い、必死に冷静なフリをした。
周りを見ると、わたしたちの異様な雰囲気を察したウェイターが、心配そうにこちらの様子をうかがっている。

男が怒るのも無理はなかった。
A子とこの男がどういう関係なのかは知らないが、お金を貸した相手とは突然連絡がとれなくなり、督促が自分の勤め先や住まいに来るのだから。
おまけに、A子が入院したのはちょっとした病気などではなく、子宮外妊娠だった。
相手は子供の父親でも、この男でもない、私も知らない別の誰かだった。
「A子にはちゃんと連絡するように言うから、とにかく病院や学校にだけは行かないで欲しい」
そう伝えると男はとりあえずは素直にうなずき、なんと伝票を持ってレジへと歩き出した。
さすがにそれは恐いので丁重に断ったが、わたしは一瞬この男に申し訳ないと思った。

その日の夜には電話はかかってこなかった。
A子には「今日中に男に連絡をとって話をつけること」と念押ししておいたからだ。
さすがのA子も男に病院に乗り込まれちゃ困ると見える。
これで少し安心して眠れる。
そう思ったわたしが甘かった。
男とN子との間にどんな話し合いがあったのかは知らないが、翌朝、ついに男は子供の小学校に乗り込んだのだ。

事務員の制止を振り切り、怒鳴りながら堂々と正面玄関をつっ切って、子供がいる教室へ向かう階段を駆け上がる男。
追いかけて来た事務員の男性2人と校長とが踊り場で取っ組み合いになった。
すわ二度目の池田小事件が起こるかと思われた。
しかし、子供たちの教室の数メートル手前、すんでのところでなんとか取り押さえることができた。
男が丸腰だったことが不幸中の幸いだった。
生徒にも知れることなく何とか事なきを得たのは、池田小事件のあと、先生方が全員で対策を立て、何度もシミュレーションをして下さっていたお陰だった。

次の日わたしは、隣のおばさんと一緒に校長室に呼ばれた。
「大ごとにならなくて本当に良かったですね」
穏やかにおっしゃる校長と担任の顔を、わたしたちはまともに見られなかった。
もう十分に大ごとなのに、それをなにも咎められないことで、余計に身の置き所がなかった。
警察沙汰にしていたら、時期が時期だけに、格好のニュースになったに違いない。
子供達を好奇心の餌食にすることなく収まって本当に良かったと思った。

ホッとしたのもつかの間、これで事は終わらなかった。
少しは懲りるかと思ったわたしの考えは、まだまだ甘かった。
警察沙汰にならなかったことが、かえってつけあがらせてしまったのか、その日以来、男の電話は益々ひどくなった。
あんなに怖い思いをしたのに、実はなんの解決にもなっていなかったことに、ひどく落胆した。
警察に電話をして事情を説明したが、またしても彼らは話をはぐらかすのだった。
男をA子が入院している病院に行かせないために、何度かこっちからも電話をしていたが、A子が誠意ある対応をしない限りわたしにできることはなにもない。
もう限界だと思ったわたしは、ついに男に病院名を教えた。
「殺してやる!」そう言って男は電話を切った。

すぐに隣のおばさんに電話で経緯を説明し、学校に子供を迎えに行ってくれるようお願いした。
A子には、男に病院を教えたこと、そして今そこに向かっているだろうことを告げた。
彼女はさすがに慌てていたが、この期におよんでわたしに
「病院に来てよ」
と言った時には唖然とした。
いったいこの人は、自分のしたことがわかっているのだろうか?
「悪いけど、あんたと心中するつもりはないから。今から自分で110 番しなさい」
そう言って電話を切った。
その瞬間、病院で暴れる男と、逃げ惑う女性たちの悲鳴が聞こえるような気がした。
もし警察が間に合わず、男が生まれたばかりの赤ちゃんや若いお母さんたちを傷つけるようなことにでもなったら・・・わたしはきっと地獄へ堕ちるだろうと思った。

でも、これ以上はもうどうしようもない。
そうは思っても、なにかしないではいられなかった。
何か他にわたしに出来ることはないかと考えた。
警察よりも早いもの・・・病院だ!急いで電話で事情を話し、病院の警備強化をお願いした。
この時の受付の対応が、いやに冷静だったので不思議に思ったが、産婦人科病棟ではこの手のトラブルはままあることだと、後で知って驚いた。

しばらくしておばさんから、子供は大丈夫だからと電話があった。
ひとまず安心はしたが、わたしがしたことは果たしてこれで良かったのだろうか?子供の元へ向かうタクシーのなかで涙があふれてきた。

しかし、110 番はさすがに早かった。
玄関以外からの来客をシャットアウトし、待ち受けていた私服警官が、見事に男を取り押さえたという。A子はこの時、どういう思いで見ていたのだろう。
幸いにもニュースにはならずに済んだが、毎年この時期、池田小事件の話題が出る度に想い出す、わたしのなかの大事件だ。

以前からギクシャクし始めていたわたしとA子の関係は、この事件をキッカケにさらに悪化し、とうとう去年から音信不通になった。
その後、どういうわけか大金が転がり込んだという話を風のたよりに聞いた。
どういう理由だったかもう忘れてしまったが、弁護士から「子供には近づかないように」との書面が届いた。
子供はどうしているだろうか?それだけが唯一の気がかりだ。
# by adukot_u3 | 2006-03-24 09:14 | 事件・事故
幸寿司
f0046622_13543919.jpg 山手線に鶯谷(うぐいすだに)という駅がある。
有名人のお墓がたくさんある、大きな谷中(やなか)霊園と古いラブホテル街に挟まれた、風流な名前に似つかわしくない不思議なロケーションの駅だ。
 そこから歩くこと数分。
7月には近くの鬼子母神で朝顔市も開かれる東京の下町、下谷(したや)というところに、ごくごく普通のお寿司屋『幸寿司』はあった。

 板前のおやじさんとおかみさんがふたりだけでやっているそのお店は、結構繁盛していたが、お客さんは近所のひとばかり。
お寿司をつまみながらテレビの野球に一喜一憂する、間違ってもグルメ本なんかには出たりしない、ほんとうにこじんまりとした店だった。

 寿司屋の大将というと、店に入るなり「らっしゃい!」と威勢のいい掛け声をかけたり、常連のお客さんだと家庭事情まで知ってたりするが、ここのおやじさんはそれほどおしゃべりじゃない。
かといって暗いわけでもない。お客の話はちゃんと聞いているが、決してしゃしゃり出たりはしない。
飄々とした雰囲気で、たまに相槌を打ちながら、黙々と職人のように仕事をする。
寿司屋のおやじにしてはちょっと変わった感じのヒトだなぁというのが最初の印象だった。

 うるさくなく、エラそうじゃなく、聞いてもいないウンチクたれたりもせず、気さくで店も適度に清潔。
おまけに安くて美味しい。
ムダに威勢のいいのが嫌いなわたしにはちょうどいい具合の寿司屋だった。

「貝類はあまりお好みではなかったんですよね」
「はい、あんまり・・・」
「イエね、ちょっといいのが入ったもんだから…」
「はぁ、すいませ〜ん」
どんなにいいものが入ったところで食べないのを知っているのに、おやじさんは必ず聞いてくる。

「そろそろ穴子はいかがですか?」
何回か行っていると、食べる順番や個数などもだいたいわかってくるらしい。ちょうど今食べようかと思っていたとこ…そんなことはしょっちゅうだった。

 おやじさんと反対におかみさんはちゃきちゃきとして良く喋る。
でも世間話はしてもヒトの噂話は好まない、さっぱりとしたひとだった。
毎回サービスしてくれるお味噌汁や小鉢がいつも大盛りなので、これじゃお寿司の売上の邪魔なんじゃ…とよく思ったものだ。
そんなケチくさいことを気にしない気前の良さもまた好ましかった。
不思議なものでそういうふうにされると、こっちもあんまりケチくさいことを考えず、気分よくお金が使えるようになる。

 あるとき、たまたまふたりともが奥の調理場に行っていたとき、常連の酔っぱらいおやじがこっそりと耳打ちしてきた。
「あのふたり、夫婦じゃないの知ってる?」
「え〜っ!(少々おおげさに)」
「板前だったご主人が亡くなって、いったんは閉めようとしたんだけど、通いの板前だったあのひとがやることになったんだよ」
「へぇ〜、そうだったんですか」
わたしは清潔なお店で静かに美味しいお寿司が食べられれば、あとは別に気にしない性質だが、
わたしが知らないと言ったからか、おやじは少し得意げで満足そうだった。

 それから数ヶ月後の水曜日。
久々に行った店の前で、定休日の貼り紙に気づき思案に暮れていると、なんとそれは良く見ると定休日ではなく閉店のお知らせだった。

 いったいなにがあったのだろう。
隣の床屋さんに聞いてみようかとも思ったが、聞いたところでお店が再開するわけでもないのでやめた。
こうしてわたしの寿司屋通いは、あっけなく終わった。

 あれからいくつか新しいお寿司屋に行ってはみたものの、どうも今イチなじめず、何回も行く気にはなれなかった。
どうってことのないと思っていた空間は、どこにもないものだった。
 穴子が食べたくなる度に、握る前に少し炙って焦げ目をつけた、あの香ばしい『幸寿司』の穴子を想い出す。
# by adukot_u3 | 2006-02-10 02:01 | グルメ
『エリザベート ガラコンサート』
宝塚『エリザベート ガラコンサート』に行ってきた。

『エリザベート』は元々、オーストリア=ハンガリー帝国の皇后エリザベートの生涯を描いたミュージカルで、1992年ウィーンでの初演以来大ヒットを続けている。
「死」を擬人化し、エリザベートの暗殺は、彼女に魅入られた「死」が黄泉の国へ連れ去った結果だとする独自の解釈と斬新な演出により、その後もドイツ、ハンガリー、オランダで上演されるなど依然として人気を誇っている。

1996年には宝塚用に潤色したバージョンが上演され、これも成功を収める。
その後、5回の再演を繰り返し、今では『ベルサイユのばら』と並ぶ、劇団屈指の人気演目へと成長した。
このガラコンサートは、かつてメインキャストを演じた宝塚OGたちが、メイク・衣装もバッチリと、その『エリザベート』の歌だけを、ストーリーに忠実に歌い綴るというものだ。

宝塚の『エリザベート』を観た時、宝塚で初めてミュージカルを観た気がした。「やればできるじゃん!」とも思った。
宝塚と言えば『ベルばら』だと世間的には思われているかも知れないが、アレはどちらかというと、ミュージカルというより歌舞伎に近い。
なんせ、演出があの長谷川一夫っすから…(^^ゞ)

More
# by adukot_u3 | 2006-02-02 10:08 | 演劇・演芸
『立川談志一門会』
MXテレビという東京の地方テレビ局がある。
あんまり見ているひともいないチャンネルだと思うが、『談志・陳平の言いたい放だい』という番組が面白いのでたまに見ている。
そのなかで立川談志が、大人の大晦日があってもいいじゃないかと言い出し、去年の12月31日の夜、紅白やK-1の裏で、60代最後の落語『芝浜』をやった。

貧乏で飲んべえで怠け者の魚屋の亭主が大金を拾うが、働かなくなることを恐れた女房が、それは夢だったんだと亭主を言いくるめる。
なんとか店一軒持つことができ暮らし向きも良くなったところで女房は、実はあれは夢じゃなかったんだと亭主に打ち明け、詫びる。
怠け者の亭主と、それを立ち直らせようようとする女房との夫婦愛を描いた人情話だが、これが意外に面白かった。
談志も番組内で、いつ死ぬかわからないので見るなら今のうちといつも言っているので、それじゃぁ死なないうちにと見に出かけた。
は〜っ、前フリ長いな(^^;;;

場所は東京北区にある北とぴあ。1300人の大ホールだ。
寄席で見たいのはやまやまだが、立川流は昔の落語協会のイザコザ以来、協会に属していないため、寄席には出られないらしい。

More
# by adukot_u3 | 2006-01-22 03:45 | 演劇・演芸
『愛のラビリンス』
『LABYRINTH OF LOVE(愛のラビリンス)』
─夏木マリが、フルオーケストラとジャズピアノをバックに愛を唄い、あなたを愛の迷宮へと誘う豪華なコンサート─に行った。

これは東京池袋にある東京芸術劇場が今年から企画したポップス系コンサートの第一弾らしいのだが、この企画に仕事で関係しているe-ponちゃんが、わたしの夏木マリ好きを知ってわざわざ招待してくれたのだ。 ちかごろなぜか、幸運にもこういう機会に恵まれている。
ほんとうにありがたいことだ。

二千席ある座席はほとんど満杯。
前半は新日本フィルと、e-ponちゃんおすすめのクリヤマコトのコラボレーションで、後半それをバックに夏木マリが歌をうたうというプログラムだ。
新日本フィルの演奏は迫力があった。そしてクリヤマコトのピアノも、素敵だった。

しかし、やはりなんと言っても夏木マリ。
いやぁ〜やっぱりカッコイイっす。
歳をバラすのは気がひけるが、53歳!
このカッコ良さはなんだろう?
薄い葡萄色のシルク・オーガンジー(たぶん)のドレスからのぞく、しなやかでムダのないボディ。
フルオーケストラに全くひけをとらない存在感。

More
# by adukot_u3 | 2006-01-19 11:00 | 演劇・演芸
『スタンドアップ』
映画『スタンドアップ』の試写会に行った。
ふだん、周りが気になって映画館で泣くことはあまりないわたしだが、今日はやられた〜。『パッチギ』以来か。

試写会というとわりと女性が多いが、今回はさらに多くて9割は超えていた。 そしてそのほとんどの人が泣いていたのだから、ある意味壮観だった。中には、しゃくりあげている人もいた。

1975年、アメリカの鉱山で働く女性達が、会社に対してセクハラ訴訟を起こしたという実話を元に、この映画は作られている。
実はわたしは欠員補充のために駆り出されて行ったので、予備知識ゼロ。タイトルすら知らされてなかった。

何も知らないのが幸いして最初のうちは良かったが、暴力夫、シングルマザー、超セクハラと、出るわ出るわ。
おまけに同僚は知らん顔だし、父親との確執はあるし、子供には軽蔑されるし。そして実は…。(まだあるか!)
シャーリーズ・セロン演じる主人公が置かれたあまりにヒドい状況と、そのすさまじいセクハラの嵐は、見ているのさえつらくなるほどだ。
ネタバレになるので細かく書けないのがもどかしいが、あるシーンではそれこそ全身の力が抜けた。 もう、へろへろ〜んってな感じ。

More
# by adukot_u3 | 2006-01-12 23:06 | 映画
『オラファー・エリアソン 影の光 展』
『オラファー・エリアソン 影の光 展』に行ってきた。
品川駅から歩いて十数分の原美術館は、原邦造という実業家の邸宅を改造した、現代美術を中心とする私立美術館だ。
昭和初期の建築としても貴重なココは、展示と同じぐらい、建物を見ても面白い。
わたしは品川近くに用事があった時、散歩も兼ねてたまに立ち寄るが、今回は、子供のようなダンナの世話と母親の介護で汲々とした毎日を送っている友達を、5年ぶりに誘って出かけた。

このあたりは、御殿山と呼ばれる高台にある古くからのお屋敷町らしいが、派手な感じがあんまりしない、めずらしくいい感じの高級住宅街だ。 近くに新たにできた高層マンションに比べると、あちこちに見かける平屋や低層マンションの、なんと贅沢なことだろう。

オラファー・エリアソンは、今回が日本の美術館での初個展となる。
と、知ったかぶりして書いてはいるが、実はわたしはこのヒトを知らない。どこどこビエンナーレなど、なにやらいっぱい受賞しているらしいので、たぶんすごいヒトなのだろう。

作品はどれも、水や金属、アクリルといった、どうってことのない素材に光を当てるという単純な仕掛けなのだが、投影されたその先には、「え〜っ」という世界が広がるから不思議だ。

More
# by adukot_u3 | 2006-01-11 03:52 | アート
大雪に想う(2)
 「昔を考えればそれほど珍しいことでもない」今年の大雪をそう書いた。たしかに量だけ見れば、今年ぐらいの積雪は過去にもあった。
しかし、私はひとつだけ昔と大きく変わったことを見逃していた。力仕事をする者がいなくなったことだ。わたしもそのひとりだから、大きなことは言えないが、大雪で恐いのは、屋根の雪だ。その屋根の雪下ろしをする力が極端に不足している今、雪に対する抵抗力は、昔と比べるまでもない。

 屋根にだんだんと雪が積もってくると、ふすまやドアが開かなくなる。日本家屋では、それが雪下ろしのバロメーターだったりするのだが、その雪下ろし自体ができない老人世帯では、その不安はいかばかりかと思う。
自衛隊が全世帯の雪下ろしが出来るわけじゃなし。
昔は老人世帯の雪下ろしは、近所のひとがついでにやってあげたりもしていたが、自分のところの屋根の雪下ろしもままならなければ、人の手伝いどころではあるまい。

 雪国とは言え私の実家は街なかにあるので、どんなに大雪であっても、家の玄関だけはどこもきちんと早朝に雪掻きが済んでいた。それが出来ないところは、だらしない家という暗黙のレッテルを貼られてしまうので、皆、競って雪掻きに精を出したものだった。

 ところが今年、かつてはあんなにピシッと揃って雪掻きが出来ていた町内で、全くそれがされていない雪まみれの玄関をあちこちで見かけた。空き屋、もしくはもう雪掻きが出来なくなった老人世帯だ。
久々にまとまって降った雪は、日常生活を脅かすとともに、深刻な高齢化を浮き彫りにしたのだった。家は継ぐものなく取り壊され、更地や借り手のない駐車場があちこちに出来ている。その風景は、バブル期の都心の路地裏と似ている。

 高齢者の数が増えることの影響が取りざたされる昨今、都市の数よりはるかに多い、全国の町や村は、ある意味もっと先の未来を映しているのかも知れない。
# by adukot_u3 | 2006-01-08 03:54 | 能登半島
大雪に想う(1)
f0046622_3412275.jpg 大晦日、飛行機を降りて驚いた。
ゆ、雪が、す、すごいっ!!!
空港が山の中にあるせいもあるが、もう一面真っ白だ。
除雪してない場所なら、わたしは完全に埋まる。とは言うものの、昔を考えればそれほど珍しいことではない。最近大雪、大雪とニュースでやかましいが、その基準でいくと、わたしが子供の頃は、毎日大雪だったということになるのだ。

 小学校では、寒くなり始めると、校庭の隅に突然黒い大きな山が出来る。石炭だ。そのうちそこに雪が積もり、今度はふたまわり大きな白い山になる。ストーブ当番は早朝、一斗缶に取っ手をつけた石炭入れとスコップを持って白い山のてっぺんに登り、まず雪を掻いてから石炭を掘り起こし、一斗缶一杯にして教室に運ばなくてはならなかった。

 1kmの急坂を登った山の上にあった中学校では、登下校時の転倒は日常茶飯事。坂を登り切らない先生たちの車が途中で放置されているのも、さほど珍しい風景ではなかった。
下校時には学生鞄を黒いゴミ袋で包み、それをソリ代わりにして一気に坂を滑り降りたりもした。それもセーラー服で…(^^ゞ)これがやたら楽しくて、最初は「やめなよ~」って言っていたちょっと気取った感じの子も、そのうちにつられてみんなで滑りながら家路についたりしていた。
 男子は二階から雪の上にダイブして、ギャグ漫画にあるような、大の字の人の形の跡を作って面白がっていた。わたしもやりたかったが、さすがに制服はスカートなのでヤメといた。

 グラウンドは、冬休み前から入学式ごろまでずっと雪にとざされる。その間、太陽を拝むことなどほどんどなく、鉛色の空の、雪また雪の暮らしが続くのだ。

 裏日本の雪は湿気を含んでいて重い。降り続くと、固まった雪が何層にも重なって、下の方が氷板のようになる。今のように頑丈なプラスチックがない昔は、建設現場で使うような金属製のスコップを使っていた。それ自身も重い金属製スコップでする雪掻きは、真冬の寒さをもってしても汗をかくほどの重労働だった。

 あれから数十年。だんだんと雪は降らなくなり、根雪という言葉すら忘れるほどだったが、今年の、久々に掻き応えのありそうな雪を見て、雪掻虫がうずいた。そういえば朝一番の仕事は雪掻きだったなぁ〜。雪掻きしている頭の上に、よく屋根の雪が落ちてきたっけ…。そんなことを考えながら、黙々と雪を片付けていった。当時はずっしりとした雪の重さを、憎々しく思ったものだが、今ではその重さや冷たさもまた、懐かしいとすら思える。

 しかしその懐かしさは、今は雪とは無縁のところに住んでいるもののセンチメンタリズムだということを、雪国育ちの私は知っている。美しいものは、恐ろしいのだ。
# by adukot_u3 | 2006-01-06 16:47 | 能登半島
『里アンナ ライブ』
 奄美の島唄を歌うアーティスト『里アンナ』のストアライブに行った。場所は、都心にある新しい高層オフィスビルの地下。 地下と言っても2階までが吹き抜けになっていて、周りのオープンカフェやレストランからも見える、大理石張りの広くて素敵な空間だ。てっきりCD屋さんの店頭で歌うのかと思っていたので、ビックリだ。

 せっかくのライブなのに、席はちらほらとしか埋まっておらず、奥ゆかしいみなさんは、周りのオープンカフェのパラソルの下の席で遠巻きにしていらっしゃる。それを尻目に、一番前のド真ん中の席に陣取るわたし。そこに、ドラムロールが鳴るでもなく、司会者に紹介されるでもなく、トコトコとご本人が登場。

「みなさんこんにちは。わたしは里アンナです」ペコリ。 ひゃ〜、かわいい、ちっちゃい、ほそ〜い。
CDのジャケット写真より全然可愛らしい。プロフィールでは26歳とあるけれど、もっと若く見える。ちょっとたどたどしいMCさえ微笑ましいと感じるほどだ。

 ところが歌い出すと一転。さすが、小さい頃から島唄で鍛えられただけのことはある。この広い空間に負けない声量だ。
 キャッチコピーは、「精霊のやどる声」。オレがオレがと、声を前にグイグイと押し出てくるのではなく、いったん広がってから全体に音圧で包み込んで来るような感じ。一般的には癒し系と言われるのかも知れないが、いやいやその奥の力強さを見逃してはいけない。やさしさとはかなさと力強さ、その絶妙なバランスが、精霊を宿してもちっともおかしくないぐらいの不思議な魅力を醸し出している。

 この日はCDの収録曲と、クリスマスにちなんだ曲などを歌ったが、極めつけはやはりアンコール。
奄美の島唄「俊良主節(しゅんじょしゅぶし)」だ。
 『奄美大島は古くは琉球王朝、後に薩摩藩に支配されており、村を超えての恋愛の禁止、生活苦など、その圧政のなかから生まれた島唄は、民衆の呻きの声である』(CDの解説より)
 なるほど、奄美の島唄は呻きだったのか…。島唄も癒し系もそれほど興味のなかったわたしが惹きつけられたのは、長い歴史に培われた奄美独特の力強さだったようだ。

 今はマスメディアに上手に乗るアーティストがもてはやされがちだが、しっかりした基礎を持ちつつ地道にライブ活動を続ける里アンナさんの歌声は、今にきっといろんな人の心に届くはずだ。
# by adukot_u3 | 2005-12-31 02:43 | 演劇・演芸
『娼婦たち』
わたしには娼婦の知り合いはいない。
だから娼婦のことはあまりよくわからない。
この映画を観たら少しはわかるかも…。
そう思って観てみた。

ドキュメンタリーかと思っていたら、卒論のテーマに娼婦を選んだ学生が、それについて調べていくというストーリーに、実際の娼婦たち、買う側の男たち、雇う側の男たちのインタビューが細かくコラージュされたような作品だった。
インタビューの背景も、産婦人科の診察室や、屠殺場のようなところだったりとちょっとグロいが、コンピュータでポップな感じに合成されたものもあり、それぞれを象徴しているかのようで絵的にはおもしろい。

娼婦にはふたとおりあるような気がした。
娼婦であることを卑下し、抜け出したいと思いつつも、もう抜け出せないと思って続けている派と、プロとしての自信を持ち、娼婦という仕事を自分から選択している派。後者に情緒性はない。
なにを言えば、なにをすれば男は喜ぶのか…。
そのノウハウを蓄積し、それを相手によって使い分けつつひたすらリピーターをゲットしていく頭脳とボディ。
まるでマーケティングをするビジネスマンのようだ。

More
# by adukot_u3 | 2005-12-03 09:26 | 映画
『パートタイマー秋子』
f0046622_13435915.jpg演劇のメッカ、下北沢で久々に芝居を観た。
青年座『パートタイマー秋子』だ。

夫の会社の倒産によって、部長夫人から一転してスーパーのパートとして働くようになった秋子は、お金につられて肉の賞味期限の改竄の仕事を引き受けたうえ、商品までくすねるようになっていく。
なんのことはないそのスーパーでは日常茶飯事のことで、ある意味なじんだ結果と言えなくもないのだが、なじめずに辞めていった人が秋子を見て言った
「変わったね」
の一言で、自分を再び見つめ直すというお話だ。

賞味期限の改竄など言語道断。そんなことするぐらいなら辞めるとまで思っていたかつての自分を思って秋子が言う、
「私の正義感やモラルなんて、ここの仕事とおんなじようにパートタイマーだったのかも知れない」
というヒトの内面をえぐるようなセリフが秀逸。

と、エラそうな事を書いている私は、秋子が自分を正当化するために言った、
「ちょっとぐらい賞味期限が過ぎてたって、アフリカの飢えてる子供達のことを思えばどうってことないのよ」
と言うセリフに、なるほど…と思ってしまったパートタイマーです(^^ゞ)

ちょっと浮き世離れしたようなコミカルな高畑淳子の演技と、生活感アリアリの雑然としたスーパー裏の事務所との、微妙な噛み合わなさかげんが面白かった。

それと、チラシが爆笑!
# by adukot_u3 | 2005-11-22 03:07 | 演劇・演芸
『メアリー・スチュアート』
『メアリー・スチュアート』を観た。
南果歩演じるスコットランド女王メアリー・スチュアートと、原田美枝子演じるイングランド女王エリザベス1世のふたりだけの芝居。
男で身を滅ぼしたと言われるメアリーを、一生独身だったエリザベスが、すったもんだの末に処刑することになるのだが…。

演出は宮本亜門。
きっと面白い戯曲なのだろうと思う。女優はふたりともたいへん美しい。演技もうまいに違いない。舞台美術もすばらしい。
だけど、どうしても芝居に入り込めない。

声だ。
南果歩は少し、原田美枝子はかなりなハスキー・ボイス。
それもなにか耳に障るようなハスキーさなのだ。
その声が気になって気になって、台詞や演技を観るどころではない。
この人たち、こんな声だったっけ?とちょっと意外に思ったが、
そう言えばわたしは彼女達の声を生の舞台上で聞いたことがなかった。

とある舞台演出家が言っていた。『役者は声』だと。
なるほどこういうことだったのか…。

エレベーターで俳優の杉浦直樹と一緒になった。
けっこうなお歳で、頭も……なのだが、スラッとしていて姿勢が良く、醸し出すその雰囲気は明らかに一般人のものではない。
あまりに素敵でビックリした。
# by adukot_u3 | 2005-11-06 01:40 | 演劇・演芸
祖母
 「おまえ、ちょっとお金貸してくれない?」と、祖母は言った。
夏休み、遊びに行っていた東京の親戚の家から帰る途中、上野駅でのことだ。
「えっ、なんで?」
「帰りの切符のお金…足りなくなっちゃったよ」
「えぇーーーーっ!」
東京から家までは当時、ゆうに丸一日はかかる長旅で、当然運賃も安くはない。
「使っちゃったのぉ?」
「そんなには使ってないんだけど…。でも数えたらなんか足りないんだよねぇ」
「勝手になくなるワケないでしょ〜。使っちゃったくせにぃ…」
祖母と東京に行くということで、もしものことを考えて持ってきていた1万円札。首からブラ下げたお財布から取り出したそれを、憮然として差し出しすと、祖母は悪びれる様子もなく、
「な〜んだ、持ってるんじゃない。ちょっと借りるよ」
と、当時9歳だったわたしをその場に置いて、切符を買いに行った。
 その後ろ姿を見ながらわたしは、あ〜ぁ、うちのばあちゃんは、なんでよその家のばあちゃんみたいじゃないんだろう?と思いつつも、とりあえず迷子に間違われないように…そのことだけで頭がいっぱいなのだった。

 祖母は髪結いだった。後に美容院と呼び名は変わったものの、数人の住み込みの見習いをかかえた店はなかなか繁盛していた。
 それでも私が保育園に通い出した頃には、そのほとんどが独立し、家族と通いの女性が一人だけのこじんまりとした店になっていた。
 この際だからと、店の代も譲ってしまい急に暇になった祖母は、孫の私の送り迎えを押しつけられ、それまであまり馴染みのなかった私たちは一緒にいることが多くなった。それはとおりもなおさず、祖母の不思議ちゃんぶりを間近で見る機会が増えるということだった。

 暇な時、おばあちゃんと孫はなにをするだろう。普通はままごとや、トランプ、歌を歌ったりだろうか?ウチはちょっと違う。なんと花札賭博だ。
 当時、親から決められていたわたしのお小遣いは一日30円。だがそれは、あってないようなもの。祖母との花札のレートは100円単位。子供にとっては大博打、負けて千円が飛んでしまうこともあった。
 祖母はビタ一文まけず、その代わり私が勝った時には、子供にはどうかと思うような金額であってもかまわず払う、そんな人だった。

 祖母はきものの裾を割り、わたしはスカートをたくしあげて膝を立てる。前がはだけようがパンツが見えようがそんなことは関係ない。そこは食うか食われるか、緋牡丹博徒の世界なのだ。(後年わたしが、競馬やパチンコにのめりこんでしまったのも、ここに原因があったと思われる・笑)
 わたしが東京に一万円持って行けたのも、そういうわけだった。

 そんな祖母はよく自慢話をした。
「わたしみたいな器量よしは、ちょっといない」だの「老人会は汚い年寄りばっかり」だの。そのくせ、その汚い老人会の旅行にはきものを新調していそいそと出かけるのだ。
 確かに祖母はなかなかの器量だった。おまけに背も高く、スタイルもなかなかなだけにタチが悪い。浅草の役者に迫られたとか、高貴な方に見初められて大変だったとかいうホラ話は枚挙にいとまがないが、祖父が初婚なのに、祖母が再婚だとういうのは、なんとなく子供心にもうなずける話だなぁと思った。

 この祖母、髪結いという、むかしの女性にしては珍しく稼げる職業のせいもあるのか、ヒトに媚びるということがなかった。もちろん祖父とは仲良しだったが、変にへりくだることはなかった。自分を犠牲にして家族のために…とかもあんまりない。今で言うリベラルな明治女だった。
 家事は苦手だし、洗濯すればクシャクシャのまんま干してしまうから、乾いた時にはいつも家族から大ブーイング。タバコは吸うし、大酒呑みだし…。でも、いつも悠々としていた。

 保育園からの帰り道、祖母は時々遠回りをしてたくさんの漁船が並ぶ、岸壁の脇を通ることがあった。船を係留しておくコンクリートの上にわたしを座らせ、自分は立ったまま海に向かってただタバコを吸うだけ。その間わたしたちは、なにを話すわけでもない。祖母はタバコを吸い終わると「さ、行こうか」と歩き出す。
 手を引かれて歩きながら、普通とはちょっと違うばあちゃんも悪くないな。そんな気持ちになったことを想い出した。
# by adukot_u3 | 2005-10-22 20:05 | 能登半島
『歌わせたい男たち』
f0046622_0464470.jpg 隅田川左岸劇場『ベニサン・ピット』に行った。 劇団・二兎社の『歌わせたい男たち』を観るためだ。

 最初は永井愛さんと大石静さんの2人だけの小さな劇団だった(らしい) 二兎社も、大石さんが脚本家として向田邦子賞(NHKふたりっ子)を 受賞したり、大河ドラマを書いたりと大活躍。
 大石さんが退団した後の永井さんも、劇作家として紀伊國屋演劇賞やら 鶴屋南北戯曲賞やら岸田國士戯曲賞やら…やら、やら。
 門外漢のわたしでも知っているぐらいの賞を総ナメで、スゴイことになっている。

 『歌わせたい男たち』は、卒業式で君が代の伴奏をする、元シャンソン歌手の音楽教師を中心に、歌う派と歌わない派の教師達の攻防を描いた喜劇で、午前8時から卒業式開始の10時までの2時間をノンストップのリアルタイムで描く、まるで舞台版24(TwentyFour)だ。

 「国歌を歌ったからと言って、誰も君が翻ったとは思わないよ。思想は思想で君の自由だ。ただ国歌さえ歌ってくれればそれでいいんだ。それが君のためでもあるんだ。」
 校長は、半ば脅迫にも似たよくわからない説得で、とにかく歌わせようとする。 そのトンチンカンな理屈に、劇場は笑いの渦だ。 しかしこれは単に芝居のひとコマなどではない。現実だ。
 今や都立高校では、国旗掲揚、国歌斉唱、伴奏、その手順や方法までがこと細かに決められていて、従わない教師は処罰の対象となるという。
 憲法で保障されているはずの「思想及び良心の自由」をより所とする歌わない派の教師は、次第に孤立無援になっていく。

More
# by adukot_u3 | 2005-10-16 02:11 | 演劇・演芸
『浪曲』を憂う
浪曲好きの友人に誘われて浅草に浪曲を聴きに行った。
外国人観光客や修学旅行生で賑わう仲見世通りや浅草寺界隈とは趣を異にするそこは、いかにも場末の風情。

近所の洋品店では、鮮やかな紫色のダブルのスーツや、黒地にラメ入りのブルゾン&スラックス、誰が買うんだか、豪華客船の船長の制服みたいなのがつるしで売ってたりする。
なんとなく異空間に迷い込んだようで怖い気もするが、なぜか心惹かれる不思議ワールドだ。

関係ないけど、コワモテな職業の方々は、カジュアルになるとどうしてあの胸元に、耳の垂れた可愛いんだか可愛くないんだか良くわからないでっかい犬が描いてある派手なセーターを着るんだろう?
おばちゃんたちはどうして胸元に、目がエメラルドみたいなヒョウを飼うんだろう?謎だ。

劇場内は、田舎の映画館のにおいがした。
20人ほどのスカスカの客席。薄い緞帳幕。隣の大衆演劇館から、かすかに洩れる演歌のBGMが、始まる前から哀しい気持ちにさせる。
しかし、そんな心配は杞憂だった。
しょっぱなの前座からもはや、涙を流しての大熱演だ。
と言いたいところだが、スカスカの客席に不釣り合いな熱演は、やはりどこか哀しいのだった。
最近TVでよく見かける人気浪曲師、国本武春でさえ、心なしか精彩を欠いて見えた。

More
# by adukot_u3 | 2005-10-07 02:55 | 演劇・演芸
釜がえり
釜がえり【かまがえり】
という言葉を知っているひとはどれくらいいるだろう?
たぶんほとんどの人は知らないだろうと思う。
釜で炊いたご飯を蒸らした後、そのまま釜に入れっぱなしにしたために、ふっくらとせずにマズ〜くなってしまった状態を言うのだが、実家のある能登では、当たり前のように
「釜がえらないうちに混ぜておきなさ〜い」などとお母さんに言われたりする。ごくごく日常の言葉だ。

忘れかけていたその言葉を耳にしたのは、とあるラジオ番組。
自分のボキャブラリーの数がわかるという『語彙数推定テスト』だった。
それは、NTTの研究所が開発したもので、辞書の全見出しの中から出題された50単語のうち、知っているものをチェックし、その結果からだいたいの語彙数を推定するのだ。

「釜がえり」はそのなかの一単語に紛れ込んでいた。
が、アナウンサーやゲスト、ディレクターなどスタジオ内にいた人のなかでその言葉を知っている人はひとりもいなかった。
「え〜〜っ?」
驚いた!「釜がえり」を誰も知らなかったことにではない。
「釜がえり」がちゃんと辞書に出ている言葉だったということにだ。

あやしい…。
そう思って調べてみると、あるわあるわ。
わたしが、わけの解らない方言だと思って使っていた言葉は、
だいたい辞書に出てるではないの。(以下◆は辞書より)


『だだくさ』──例「うわっ、だだくさなぁ〜」と感嘆ぎみに

    不潔とか、だらしがないという意味に使うが、辞書でも
  ◆「だだくさ」=しまりのないさま。乱雑。
    〜庭は落葉に任せがちなる庵のだだくさをいふ也けり〜
    って、例文まで出てる…。スゴ〜イ。

『べんこ』───例「あいつ、べんこな奴やなぁ」

    生意気なことをいう。
  ◆「べんこ(弁口)」=口先の巧みなこと
    〜刹那の健三は、すぐその弁口に思い到った〜〈漱石・道草〉
    だって。ひょえ〜。

『けなるい』──例「美人でスタイルもいいし…けなるいなぁ」

    だいたい予想はつくと思うけど、羨ましいという意味。
    半ばあきらめのニュアンスも含んでいる。

  ◆「けなりい」=「異(け)なり」を形容詞化したもので、羨まし
    い。なんかそれらしい解説がついてると、信憑性あるなぁ。
    ”隣の芝生は青い”って感じか?

このように、わたしが今まで単なる方言だと思っていた言葉は、そのほとんどが古語に片足つっ込んでることが判明。よく考えたら別に不思議なことではないのかも知れないけど。
半島という地形がもたらした不思議…。
ちょっと見直したゾ。

ちなみに、語彙数推定テストはネットでもできます。
残念ながらバージョンが上がって「釜がえり」は
削除されたようですが(;_;)
# by adukot_u3 | 2005-09-14 17:40 | 日々雑感
夏の茶柱
お盆をズラして実家に行った。
暑い!あまりの暑さに耐えかねて、久々に泳いでみた。 
泳ぐと言っても、水着の上に日焼け防止用に長袖のラッシュガードを着込み、スイムキャップ、水中メガネ、足にはフィン。
軍手をはめてマイナスドライバーを握り、獲物を入れる小さな網をたすき掛け、と怪しい出で立ち(^^;
そう、私にとっては 泳ぐ=獲る! なのだ〜。

機嫌よく潜ったはいいが、上がってみると、指先にウニのトゲがグサリ。あとで抜きゃぁイイやと放置したのがマズかったのか、家に帰っていざ抜こうとすると、これが意外と手強い。
トゲを挟むとポロポロと崩れて、しかもその度にもぐっていってしまうのだ。
そのうち指先が腫れて、熱をもってきた。
(ヤバい…)焦った私は、トゲのまわりの皮をうす〜く剥いでみたり、周りをカッターで少し切ったりしてみたが、あまりの痛さに挫折。
 (指ツメの痛さってすごいんだろうな…)などと、わけのわからないことを考えていたら、その様子を見ていた母がひとこと。
「おばちゃんに聞いてこようか?」
そうだよ〜、わが母よ、なぜそれをもっと早く言わんのだ!
最近でこそ病気で療養中だが、近所のおばちゃんは現役バリバリの海女なのだ!
そのおばちゃん曰く「指をしばらく酢に浸けて、ふやけたところを周りから絞り出すようにすると、ぴゅっとひとりでに出てくる」とのこと。
(え〜っ、こんな太いのが?物理的にありえないよ…-_-;)
思いっきり疑いつつも、万策尽きた私は言われた通りにした。

f0046622_7205574.jpg疑ったのが悪かったのか、何度やっても一向に出くる気配はない。
痛みにも疲れていた私は、なかば諦めつつも、浸けては絞るをくり返した。
深く入り込んだトゲの黒い点は、徐々に薄くなっていく代わりにズキンズキンという痛みを通して自己主張してくる。不気味だ…。
(病院行かなきゃダメかなぁ。保険証もってくりゃよかった…)
ぼんやりとそんなことを考えながら絞り出していたときに、それは起こった。

もぐっていた黒い点がぴゅっと飛び出して、まるで指先に茶柱が立ったかのようになったのだ。一瞬のこの信じ難い光景に、口をあけてマヌケ顔で見つめるわたし…。
「おばちゃ〜ん、おばちゃんの言ったとおりになったよ。すごいねぇ〜」と興奮する私を、勝手口からニコニコしながらのぞくおばちゃん。
……まだまだ修行が足りないな。
# by adukot_u3 | 2005-08-26 13:58 | 能登半島
当世サバイバルマニュアル~災害~
分析

国土交通省ハザードマップポータルサイト
キューリー、ベクレル換算 レム、レントゲン、シーベルト換算表
避難


~準備~
■自宅

家具が倒れないよう補強
高いところのものを下ろす
脱出経路を複数確保・確認しておく
棚や冷蔵庫の扉のガムテープ止め
揺れたら室内のドアは締め切らない
エレベーターは使わない


■水

バケツ・お風呂・ペットボトルに溜める
ペットボトルの水用意


■ガス

元栓締め
停止後の復旧方法確認
カセットコンロ準備
ガス・電気由来以外の暖房器具
カイロ準備


■電気

外出時はブレーカー下げる(漏電対策。帰宅時は状況を見て上げる)
懐中電灯・電池
ろうそく・マッチ
携帯・PC予備電源
ダイナモスイングライトラジオ


■食料

缶詰・常温保存可能食品・チョコ等お菓子
カップ麺・レトルト食品
サランラップ(皿下敷き)・アルミホイル(皿代わり・ストーブで温め用)
割り箸


■その他

ベッドの横に靴(袋に入れる)
後片付け用軍手・ゴム手袋
窓を割ったり扉を開ける小型のバール
笛(ホイッスル)



~非常持ち出し袋~
■食物

チョコ・キャンディ
携帯食


■連絡

携帯電話・充電器
携帯ラジオ


■医療

保険証
薬・救急セット
マスク


■お金

現金
印鑑・通帳
免許証


■緊急メモ記入事項

家族の連絡先(電話、メールアドレス)
自宅付近の避難場所(避難所と広域避難所)の情報(名称、住所、電話番号)
管轄の市役所や区役所の電話番号
友人の連絡先
血液型、持病、常用薬
銀行口座番号と問い合わせ先
クレジットカードの番号と問い合わせ先
加入している保険の保険証券番号と問い合わせ先
連絡先
twitter
Skype
Google Mail


■その他

洗面用具
着替え
コンパクトな寒さ対策上着
カイロ
タオル
合羽(放射能対策)
丈夫なゴミ袋(大)



~移動~

スニーカー
リュック
地図(防災マップ)
自転車
地下鉄はなるべく避ける(脱出困難)
タクシーは乗り合う



~安否確認~

避難場所確認
遠距離にある緊急連絡先(固定電話)を決める
SNS・メーリングリスト等
友人の連絡先を家族に知らせておく
電話連絡
  災害用伝言ダイヤル171
  災害用ブロードバンド伝言板(web171)
  ケータイ「災害用伝言板」
  携帯電話メール

# by adukot_u3 | 2005-08-26 00:00 | 当世サバイバルマニュアル
ごあいさつ
はじめまして。
こんな酔狂なブログの、それもこんなところにまでおいで下さいまして、ありがとうございます。

書くことで自分の正体がわかる
学生のとき以来、文章など書いたことがありませんでした。
文章は特別な人が書くもので、わたしはそれを読む側だとずっと思っていました。
それが友人に誘われて入ってしまった某ネット編集学校の課題で、嫌でも文章を書かざるをえなくなりました。
書いているうちに「あれ?わたしってこんなこと思ってたんだ」と、自分を再発見することが多くなり、書くことが俄然楽しくなりました。
わたしにとって書くことは、原野をガシガシと開墾して畑にしていくようなもの。
ワイルドな醍醐味を楽しみながら、あわよくばカボチャや茄子が実るといいなと、皮算用をしながら書いています。




内容について
いちおう日記というタイトルですが、実は日記ではありません。 

1.日常のいろんな事に対して、「わたしはほんとうはどう思っているのか?」自分自身の考えや立ち位置を知るため
2.知りたいと思っているテーマについてそれを深く探り、理解を深めるため

に書いている、私的な発展途上の所感集のようなものです。
日記ではないので、後から考えが変われば付け加えたり書き換えたすることもあります。
そういうことなので、申し訳ありませんがコメントやトラックバックは、お断りさせていただいています。
と思いましたが、たまに間違いを指摘して下さる有難い御仁もいらっしゃるので、コメントの扉は開けてあります。

写真の使用について
自分で撮影したものの他は、楽天やAmazonなどのアフィリエイト用のもの画像を使用するようにしています。
これは、著作権に触れない画像を使用するためで、アフィリエイト目的ではありません。

ブログのデザインについて
このブログは時おり、個人的なHTMLやCSSの実験場になったりします。
なので、しょっちゅうデザインが変わったり、時おり読みにくい体裁で表示されることがあるやも知れません。どうぞご了承ください。

免責事項
情報はできるかぎり正確に書くよう心がけていますが、完璧なわけではないので、そのへんはご容赦ください。
また、書かれた情報により生じたいかなる損害についても責任を負いません。
ご自分の責任において閲覧、ご利用ください。
# by adukot_u3 | 2005-03-01 22:58 | このブログについて