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祖母
 「おまえ、ちょっとお金貸してくれない?」と、祖母は言った。
夏休み、遊びに行っていた東京の親戚の家から帰る途中、上野駅でのことだ。
「えっ、なんで?」
「帰りの切符のお金…足りなくなっちゃったよ」
「えぇーーーーっ!」
東京から家までは当時、ゆうに丸一日はかかる長旅で、当然運賃も安くはない。
「使っちゃったのぉ?」
「そんなには使ってないんだけど…。でも数えたらなんか足りないんだよねぇ」
「勝手になくなるワケないでしょ〜。使っちゃったくせにぃ…」
祖母と東京に行くということで、もしものことを考えて持ってきていた1万円札。首からブラ下げたお財布から取り出したそれを、憮然として差し出しすと、祖母は悪びれる様子もなく、
「な〜んだ、持ってるんじゃない。ちょっと借りるよ」
と、当時9歳だったわたしをその場に置いて、切符を買いに行った。
 その後ろ姿を見ながらわたしは、あ〜ぁ、うちのばあちゃんは、なんでよその家のばあちゃんみたいじゃないんだろう?と思いつつも、とりあえず迷子に間違われないように…そのことだけで頭がいっぱいなのだった。

 祖母は髪結いだった。後に美容院と呼び名は変わったものの、数人の住み込みの見習いをかかえた店はなかなか繁盛していた。
 それでも私が保育園に通い出した頃には、そのほとんどが独立し、家族と通いの女性が一人だけのこじんまりとした店になっていた。
 この際だからと、店の代も譲ってしまい急に暇になった祖母は、孫の私の送り迎えを押しつけられ、それまであまり馴染みのなかった私たちは一緒にいることが多くなった。それはとおりもなおさず、祖母の不思議ちゃんぶりを間近で見る機会が増えるということだった。

 暇な時、おばあちゃんと孫はなにをするだろう。普通はままごとや、トランプ、歌を歌ったりだろうか?ウチはちょっと違う。なんと花札賭博だ。
 当時、親から決められていたわたしのお小遣いは一日30円。だがそれは、あってないようなもの。祖母との花札のレートは100円単位。子供にとっては大博打、負けて千円が飛んでしまうこともあった。
 祖母はビタ一文まけず、その代わり私が勝った時には、子供にはどうかと思うような金額であってもかまわず払う、そんな人だった。

 祖母はきものの裾を割り、わたしはスカートをたくしあげて膝を立てる。前がはだけようがパンツが見えようがそんなことは関係ない。そこは食うか食われるか、緋牡丹博徒の世界なのだ。(後年わたしが、競馬やパチンコにのめりこんでしまったのも、ここに原因があったと思われる・笑)
 わたしが東京に一万円持って行けたのも、そういうわけだった。

 そんな祖母はよく自慢話をした。
「わたしみたいな器量よしは、ちょっといない」だの「老人会は汚い年寄りばっかり」だの。そのくせ、その汚い老人会の旅行にはきものを新調していそいそと出かけるのだ。
 確かに祖母はなかなかの器量だった。おまけに背も高く、スタイルもなかなかなだけにタチが悪い。浅草の役者に迫られたとか、高貴な方に見初められて大変だったとかいうホラ話は枚挙にいとまがないが、祖父が初婚なのに、祖母が再婚だとういうのは、なんとなく子供心にもうなずける話だなぁと思った。

 この祖母、髪結いという、むかしの女性にしては珍しく稼げる職業のせいもあるのか、ヒトに媚びるということがなかった。もちろん祖父とは仲良しだったが、変にへりくだることはなかった。自分を犠牲にして家族のために…とかもあんまりない。今で言うリベラルな明治女だった。
 家事は苦手だし、洗濯すればクシャクシャのまんま干してしまうから、乾いた時にはいつも家族から大ブーイング。タバコは吸うし、大酒呑みだし…。でも、いつも悠々としていた。

 保育園からの帰り道、祖母は時々遠回りをしてたくさんの漁船が並ぶ、岸壁の脇を通ることがあった。船を係留しておくコンクリートの上にわたしを座らせ、自分は立ったまま海に向かってただタバコを吸うだけ。その間わたしたちは、なにを話すわけでもない。祖母はタバコを吸い終わると「さ、行こうか」と歩き出す。
 手を引かれて歩きながら、普通とはちょっと違うばあちゃんも悪くないな。そんな気持ちになったことを想い出した。
by adukot_u3 | 2005-10-22 20:05 | 能登半島
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