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大雪に想う(2)
 「昔を考えればそれほど珍しいことでもない」今年の大雪をそう書いた。たしかに量だけ見れば、今年ぐらいの積雪は過去にもあった。
しかし、私はひとつだけ昔と大きく変わったことを見逃していた。力仕事をする者がいなくなったことだ。わたしもそのひとりだから、大きなことは言えないが、大雪で恐いのは、屋根の雪だ。その屋根の雪下ろしをする力が極端に不足している今、雪に対する抵抗力は、昔と比べるまでもない。

 屋根にだんだんと雪が積もってくると、ふすまやドアが開かなくなる。日本家屋では、それが雪下ろしのバロメーターだったりするのだが、その雪下ろし自体ができない老人世帯では、その不安はいかばかりかと思う。
自衛隊が全世帯の雪下ろしが出来るわけじゃなし。
昔は老人世帯の雪下ろしは、近所のひとがついでにやってあげたりもしていたが、自分のところの屋根の雪下ろしもままならなければ、人の手伝いどころではあるまい。

 雪国とは言え私の実家は街なかにあるので、どんなに大雪であっても、家の玄関だけはどこもきちんと早朝に雪掻きが済んでいた。それが出来ないところは、だらしない家という暗黙のレッテルを貼られてしまうので、皆、競って雪掻きに精を出したものだった。

 ところが今年、かつてはあんなにピシッと揃って雪掻きが出来ていた町内で、全くそれがされていない雪まみれの玄関をあちこちで見かけた。空き屋、もしくはもう雪掻きが出来なくなった老人世帯だ。
久々にまとまって降った雪は、日常生活を脅かすとともに、深刻な高齢化を浮き彫りにしたのだった。家は継ぐものなく取り壊され、更地や借り手のない駐車場があちこちに出来ている。その風景は、バブル期の都心の路地裏と似ている。

 高齢者の数が増えることの影響が取りざたされる昨今、都市の数よりはるかに多い、全国の町や村は、ある意味もっと先の未来を映しているのかも知れない。
by adukot_u3 | 2006-01-08 03:54 | 能登半島
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