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『歌わせたい男たち』
『歌わせたい男たち』_f0046622_0464470.jpg 隅田川左岸劇場『ベニサン・ピット』に行った。 劇団・二兎社の『歌わせたい男たち』を観るためだ。

 最初は永井愛さんと大石静さんの2人だけの小さな劇団だった(らしい) 二兎社も、大石さんが脚本家として向田邦子賞(NHKふたりっ子)を 受賞したり、大河ドラマを書いたりと大活躍。
 大石さんが退団した後の永井さんも、劇作家として紀伊國屋演劇賞やら 鶴屋南北戯曲賞やら岸田國士戯曲賞やら…やら、やら。
 門外漢のわたしでも知っているぐらいの賞を総ナメで、スゴイことになっている。

 『歌わせたい男たち』は、卒業式で君が代の伴奏をする、元シャンソン歌手の音楽教師を中心に、歌う派と歌わない派の教師達の攻防を描いた喜劇で、午前8時から卒業式開始の10時までの2時間をノンストップのリアルタイムで描く、まるで舞台版24(TwentyFour)だ。

 「国歌を歌ったからと言って、誰も君が翻ったとは思わないよ。思想は思想で君の自由だ。ただ国歌さえ歌ってくれればそれでいいんだ。それが君のためでもあるんだ。」
 校長は、半ば脅迫にも似たよくわからない説得で、とにかく歌わせようとする。 そのトンチンカンな理屈に、劇場は笑いの渦だ。 しかしこれは単に芝居のひとコマなどではない。現実だ。
 今や都立高校では、国旗掲揚、国歌斉唱、伴奏、その手順や方法までがこと細かに決められていて、従わない教師は処罰の対象となるという。
 憲法で保障されているはずの「思想及び良心の自由」をより所とする歌わない派の教師は、次第に孤立無援になっていく。



 戸田恵子をはじめとする達者な役者陣による、テンポのいいコミカルな芝居に、最初は笑わされっぱなしだったが、その笑いの向こうに、アメリカという一方向を向いたまま、もはや抜き差しならない状態にある今の日本という国が見えてくる。
空恐ろしさと同時に、作者に、わたし自身の生き方を改めて問われているかのようで、身につまされた2時間だった。

『歌わせたい男たち』_f0046622_0505966.jpg 『ベニサン・ピット』に行く楽しみは、芝居の他にもうひとつある。この劇場自身だ。
 『紅三(ベニサン)』という染色の会社の工場跡地を利用したこの劇場は、きれいに改装したりせず、いかにも工場そのままの雰囲気を残していて、かなりイイ感じ。 ビルの裏手にある入り口へ向かう、暗く細い通路はいつも、子供の頃、近所の家具屋さんの倉庫に忍びこんで遊んだことを思い出させてくれる。

 窓と言えば天窓ぐらいしかない古い倉庫は日中でも薄暗く、し〜んと静まり返っていた。いつ大人に見つかるやも知れない…。そんな中でやる「かくれんぼ」は最高に面白かった。
 タンスとタンスの間に身をかがめて息をひそめていると、いかにも「悪い事をしている」感じがしてゾクゾクしたものだ。 誰かが鬼に見つかったらしい気配を遠くに感じながら天窓を見上げていると、別世界に子供達だけでいるかのような錯覚を覚えた。
「この時間がず〜っと続けばいいのに…」子供心にそう思った。

 この劇場には独特の空気が流れている。 ここで観る芝居が、どれも面白く思えるのは(実際にも面白いけど)、この空間に入った瞬間に、もはやわたしが現実からワープしているせいなのかも知れない。
by adukot_u3 | 2005-10-16 02:11 | 演劇・演芸
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