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あけましておめでとうございます。
能登半島より富山の立山連峰を望む。(クリックで拡大します)

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普段は空と海しか見えないところに、空気の澄んだ日に限って忽然と現れます。
赤い灯台まで約500メートル、はるか海を挟んだその後ろに見える立山の山頂までが約100キロメートルです。
それがこのように同じ画面に納まっているのですから、かなり距離感が混乱します。
だいたいは浮世絵のように2Dで見えるのですが、この日は光の加減か奥行きまで感じる3Dになってほんの数キロ先にあるかのようでした。

東京から同じような距離にある富士山が、遠くにポツンという感じで見えるのに対して、ここから見える立山連峰は山脈なため、圧倒的なボリュームで迫ってきます。
タイミングが悪いと一年で一回も見ることなく終わることもあるぐらい、ほんとに滅多に見られないものですが、1月5日の午後、港のバス停で遭遇しました。
バスの時間を気にしながら慌てて撮ったので映りはイマイチですが、今までで一番壮大で美しく見えました。



お正月にNHK-BSでやっていた『おしん』の総集編を初めて見た。
1月6日からは1年間かけて全話を放映するらしいし、今年はなんと映画化もされるらしい。

明治の終わりに山形の貧しい農村に生まれ、どんな困難にも決して諦めることなく逞しく生き抜いた『おしん』は、これまで世界75カ国以上の国や地域で放送されている。
今回は母に昔のことを色々と聞きながら見たので、忘れないよう書き留めておく。

おしんはたぶん、わたしの祖母と同じぐらいの年だ。
死んだ実父方の祖母も山形の人で、7歳から奉公に出ていたらしいと母から聞かされた。
わたしの7歳と言えば、偏食と人見知りと乗り物酔いがひどく、見知らぬ他人様の家で暮らすなんてどう考えても無理だし、とても役に立つとは思えない。
祖母はその後、樺太に渡って祖父と結婚し、父を含む6人の子供を育て上げ、北海道に引き上げた後、亡くなっている。
おしんのように大成功はしてないが、時代の波に翻弄されて同じぐらい苦労をしただろうと思う。

母の小さいころは、水道がないので水汲みが毎日の仕事だったというし、小さい港ながら花街らしきものもあったので、凶作で埼玉から女郎屋に売られて来る女の子も毎年クラスに2~3人はいたという。
実際にわたしが育った商店街でも、身請けされておかみさんに収まっている人が何人かいた。

母方は、曾祖母の時代から髪結いの家だったので、日本髪から洋髪に変わるときの苦労などはしょっちゅう聞かされた。
初期のパーマは熱した鉄のクリップを頭に留めてカールさせるため、お客さんはクリップを熱するための「炭」を持参で店に来たとか、留めたクリップの時間を間違って髪の毛が切れてしまうトラブルもあったとか。
髪の毛が焦げてちぎれるリスクを覚悟でパーマをかけるなんざ見上げた根性だな。
いつの世も、こうしたチャレンジャーな女性によって「美」は追求されて行くんだなぁと思う。
おしんが一時期髪結いになるという場面があったので、なんとなく親近感が湧いた。
明治~大正~昭和~平成という時代の移り変わりは当然のこと、流行に左右されがちな美容という商売を長年続けることは並大抵のことではなかったろうなと、わたしも手伝わされた歴代のさまざまな美容の器具を思い出すにつけそう思う。

久々に会った同級生は、小さい頃は石綿に練炭を入れた「あんか」を使っていたと言っていた。(←アスベストはだいじょぶなのか!)
わたしが小さいころ預けられていた家は下が囲炉裏の掘りごたつだったし、トイレは外の別棟にあった。
風邪をひいたときに行く近所の医院は、茅葺き屋根で黒光りした太い梁の立派な造りだったが、だだっ広い待合室には練炭火鉢しかなかった。
小学校は石炭ストーブで、早朝に当番の子供2人だけで火を起こしていたし(←管理者おらんのか!)、暖かくなるまでにものすごく時間がかかった。
ダウンジャケットなんてシャレたものも当然なく、アノラックと呼んでいたちゃっちいスキーウェアの上着のようなものを着ていた。
でも、不思議と寒かったという記憶があまりない。

テレビでは高度成長期の映像と言うと、だいたいオリンピックや高速道路や新幹線の映像が流れるが、あれは東京という、日本の特異なほんの一部を映し出したに過ぎないと見ていていつも思う。

今、暖かい部屋でお風呂上りにインターネットで本を注文しながらハーゲンダッツのアイスクリームが食べられるような暮らしになったが、昔のように満足な暖房も給湯もなく、羽毛布団もダウンジャケットもなくなるようなことに急になったら、たぶんわたしたちの何%かは死んでしまうだろう。
エネルギーの使い方を本当に考え直さないとなぁ。
おしんの時代に戻る必要はないが、要らないエネルギーをムダに使う必要もない。

子供や女性が売られたり、奉公に出されたりした時代は、わたしの世代ではもう遠い昔のように感じてしまうが、そんなことは全くなく、ついこないだのことなのだ。
『おしん』を見て、改めてそんなことを考えたお正月だった。
by adukot_u3 | 2013-01-07 18:16 | 日々雑感
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