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十八代目 中村勘三郎さん死去


十八代目 中村勘三郎さんが亡くなった。
誰が亡くなっても言うことだけど、57歳はやっぱり早すぎだなぁ。
思えば、わたしが初めて歌舞伎を見たのは、当時まだ勘九郎さんだった勘三郎さんが「若者の町・渋谷から江戸歌舞伎を発信したい」と始めた1994年のコクーン歌舞伎の第1回『東海道四谷怪談』だった。

昔の芝居小屋の客席を模した平場席の前には、20トンの水が入った特設プールが設置されていて、お岩に扮した勘三郎さんがそこからびしょ濡れで登場したり、中村橋之助さん演じる民谷伊右衛門と勘三郎さん演じる佐藤与茂七とがプールの中で水しぶきをあげながら、大立ち回りを展開したり…。
堅苦しいものと勝手に思い込んでいたが、歌舞伎ってこんなに面白いものだったのかとビックリしたことを思い出す。

それに、1人2役のために戸板の表裏に別の役の衣裳がつけられている“戸板返し”や提燈(ちょうちん)から登場する“提灯抜け”、仏壇の中に人を引き入れる“仏壇返し”など、子供のころテレビで見たドリフターズの芝居の仕掛けのほとんどが歌舞伎のパクりだったことも、この時初めて知った。

それまでなんだか頼りない感じがしていた橋之助さんの、堂々たる伊右衛門の”色悪”ぶりにも感心したし、明るくて人懐っこい勘三郎さんの、オーラとか華とか、そういう簡単な言葉ではちょっと片付けられない、芸能というものをする人の中でも圧倒的に抜きん出た、人を惹きつける力にも驚いた。

今はなんだか伝統芸能という枠に奉られている感じがするが、本来の歌舞伎はバリバリ庶民感覚のものだったはず。
窮屈な枠からはみ出したこの日のハチャメチャな演出のお陰で、古いとか新しいとか関係なく、この人たちは心底芝居が好きな人たちなんだということをしみじみ感じた。

今では若手の染五郎さんなどが新作歌舞伎に挑戦したりして、昔のように歌舞伎が古いものという意識は無くなってきている。
その流れは、あのコクーン歌舞伎から始まったとわたしは今でも思っている。
by adukot_u3 | 2012-12-06 00:54 | 演劇・演芸
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