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たんこぶ日記 その1
たんこぶ日記
34歳で子宮筋腫を患い、1~2年で子供をもうけるつもりがないなら子宮を全摘出しなさいと言われつつも、最終的には筋腫だけの摘出で済んだ。そのスッタモンダの記録。
※たんこぶ(=筋腫のこと。当時預かっていた親戚の子供に説明するために、おなかにたんこぶが出来たと言っていたことから)


まえがき
インターネットがなかったら、たぶんわたしの体内に子宮という臓器はない。
これは、今だったらどうってことのない子宮筋腫という病気で、
いきなり子宮を摘出しろと言われたわたしの、すったもんだの顛末と、
当時まだ一般に浸透していなかったインターネットというメディアが、
今後、生活になくてはならないものになるだろうと確信するに至った記録である。


それはわたしにとって初めての入院&手術だった。
人見知りなわたしにとって、手術と同じぐらい苦痛なのが
この、知らない人と過ごすということだった。
一体どこの誰なのか?
どんな病気なのか?
どういう性格の人なのか?
考えればキリがない。

でも、そんな不安を抱えて始まった入院も、
日常生活とはかけ離れた特別な時間を共有していくうちに、
同部屋の人たちと不思議な連帯感が生まれて行った。
不安を同じ空間のなかで経験するということは、
実は最もその気持ちを慮ることのできる関係だった。



●たんこぶ発見
早朝、トイレに起きた私は、何気なく下っ腹を触った手のひらに固いしこりを感じた。
触った瞬間、ゆうにソフトボール大はあると確信できるその感触。
(な、なにこれ・・・)体中の血が逆流するような感じがした。
周りの音が全て遮断され、鼓動だけが耳元でドクッ、ドクッと不気味な音で大きく鳴った。

早く病院に行かなくては・・・。
すぐにでも行った方がいいのは百も承知だったが、しこり発見の衝撃があまりにも大きく、とてもそんな勇気はなかった。
(しこりを強く感じる時とそうでない時があるし、もしかしたら便秘かも知れないし、そのうち治るかも・・・)
生まれてこのかた便秘で悩んだことなど一度もないくせに、都合の良い自己診断を下し、事実を直視するのを避けた。
やることなすこと全てがうわの空だった。

●まさかの外科受診
いつ行こうかとぐずぐずしていると、タイミングのいいことに生理になった。
なんとなく、婦人科系の病気じゃないかという予感がしたので、これじゃ診察できないなと、かすかにホッとする。
取り返しのつかないことになるのでは・・・
という不安はあるものの、そう言われたときの絶望を思うと、そんなのわたしに耐えられるのだろうかと思う。
はぁ~っ・・・自分の往生際の悪さにあきれる。

不思議なもので、あと4~5日は病院に行けないとなると、とたんに猛烈に行かないとダメな気になってくる。
まったく厄介だ。
こういうとき1人暮らしはダメだ。
自分の感情に振り回されっぱなしだから。

さすがに悪あがきもここまでと悟ったわたしは、とうとう病院に行くことを決意する。
なんにもしていなかったようで、この数日間はわたしにとって、病気と自分を直視するために必要な時間だったのだ。

初診のカウンターで症状を簡単に説明すると、外科に行くよう勧められる。
てっきり婦人科だと思っていたのと、生まれてこのかた、外科というものに行ったことのないわたしは、外科=手術という単純な図式でさらにビビる。

診察はなんだか威圧的な感じだった。
診察台の横に意味なく居並ぶ4人の看護士。
「こんなに人要るんだろうか?」と余計なことを考える。
問診と触診をしてもらうが、異常は見られないとの診断だった。
こ、こんな丸くて固い大きなものが入ってるのに?

「触診では異常が見られませんが、不安であれば腸の内部の撮影も出来ます。
ただし強要はしません。
あなたがやりたかったらやればいいし、やりたくなかったらやらなくてもいいです」
はぁ?どうしたら解らないから来てるのに・・・と内心ムカつく。

こんな医者に診てもらうために、あんなにビビりまくって損したと思っていたところ、
「ただ、子宮近くにしこりがあるようだから婦人科に行って診てもらった方がいいですよ」
と言われる。
それを早く言え、早く!
やっぱり私の予感が当ってたんだ・・・。
ちょっとしんみりした。

「取り敢えず腸の検査はいいです。」そう言って診察室を出た。
外で看護士が「ここの婦人科は午前中だけなので、今からだと別棟での診察です」と教えてくれた。
すぐにでも行ったほうがいいのはわかっていたが、もう今日の診察で一杯一杯だった。
自分の度胸のなさに、ほとほとあきれる。
いつもの威勢の良さはどうした?

●やっぱり婦人科
翌日の午前中、改めて言われたとおり別棟の婦人科に行く。
広い部屋と仰々しい機材のわりに先生はひとり、診察台もひとつ。
昔行ったことのある医科大学の付属病院とはかなり勝手が違って戸惑った。

そこの大病院の婦人科診察室では、プールのシャワー室のように診察台がいくつも連なっていて、デリカシーのデの字も感じられないものだった。
婦人科の診察室の様子は、ある意味、病院のレベルを最も良く表していると思う。

診察を始めてすぐ、かなり大きな腫瘍があり、他にもたくさんあると告げられる。

医師「この程度だと普通は手術ですね」と何気なく言われる。
あまりの何気なさに唖然とした後、愕然とする。
医師「子宮癌の組織検査もしますから」
その後、診察台のカーテン越しに先生が言った事はあまり覚えていない。
医師「ポリープがあるので取ります」と言ったと思う。
鈍い痛みがあった後、診察は終わった。

医師と向かい合って説明を受ける。
医師「手術をすることになると思いますが・・・ちょっと顔色が悪いので貧血検査をします」
そう言うやいなや周りの看護士たちが急にバタバタし始めた。
いつの間にか採血の準備をしたトレイが運ばれ、看護士が私の腕をとった。
貧血だと、それが改善されないと手術が出来ないかららしいが、そのあまりの慌てぶりはただでさえ不安な私をさらに不安した。

たしかに血色が良いとは言えないが、こんな状況で顔色がイイ人なんているだろうか?
廊下で貧血検査の結果を待つ間、ひたすらぼんやりしていた。
しばらく待った後に出た結果は、ギリギリセーフだった。
取り敢えず貧血はパスしたものの、とにかく腫瘍の位置と大きさの確認をする為にMRIを撮るよう言われる。

予約は1週間後。
はぁーっ・・・あと一週間もあるよ。そんな悠長なこと言ってていいの?
ヒト事だと思って。
ここに来るまでぐずぐずした自分は責めずに、人のせいにするわたし・・・。

●閉所恐怖症の恐怖
もんもんとした一週間が過ぎた。
MRIを撮るため病院へ行く。
手術着のようなものを着て、狭いトンネルの中に寝かせられる。
異常に狭い筒のような機械の中でうっすら目を開けた瞬間、急に苦しくなった。
何が起きたのか自分でもわからなかった。
筒がどんどん狭くなって体がギューっと締め付けられるような気がする。
こ、これは・・・閉所恐怖症?
そんなシチュエーションになったことがなかったからわからなかったが、間違いなくそうだった。

ここで目を開けたら絶対にだめだ!
固く目を閉じてなんとかやり過ごそうと思ったが、耳元で鳴るガン!ガン!ガン!というけたたましい工事中のような音が恐怖心をさらに煽る。
「もう限界!検査を中断してください」
と、いつ言おういつ言おうと思っているうちに、なんとか終わった。
病気を見つける前に閉所恐怖症が見つかってしまい、どっと疲れた。

●落城
翌日、MRIの結果を聞きに病院へ行く。
病名は子宮筋腫。
かつて母も同じ病気で子宮を摘出しているので、やはり・・・という気持ちになった。
筋腫は約10センチ近くになっていて、その他にも5~6個あった。
極力、平静を装って画像に見入る。
私の身体の輪切り写真は、後ろから蛍光灯で照らされ、恐ろしいほどクッキリと浮かび上がっている。
幸か不幸か医学の進歩は、往生際の悪いわたしに事実から目をそらす事を許さない絶対的な説得力をもっていた。

大きな筋腫は、素人である私にさえどの臓器より判りやすい。
一体いつの間にこんなに大きくなったのだろう。
私に断りもなしに・・・。ちょっと悲しくなる。
逆に、筋腫群に埋もれて、どれが本来の子宮なのか全くわからない。

医師「(至極事務的に)通常ならば子宮摘出ですね」
私 「はぁ?」
医師「ご結婚はなさってますか?」
私 「いえ、独身です」
医師「近々にそのご予定は?」
私 「いえ、近々にはありませんが・・・」
医師「この先そういうことが決まったとしても、出産は30代後半になってしまいますねぇ」
私 「はぁ・・・」
医師「高年齢出産というのは巷で言われているよりも、ダウン症だとかのリスクが高くて実のところ、あんまりお勧めできないんですよ」
私 「はぁ・・・」
医師「近々に出産の予定がないのなら、子宮摘出をお勧めしますね」(サックリ)
私 「はぁ・・・」

   (…しばし沈黙)

私 「(恐る恐る)あのぉ・・・筋腫だけをとるという事は出来ないんでしょうか?」
医師「出来なくはないですが、あなたの場合、筋腫が大きくて数が多いのでかなり
   難しいんじゃないかと思います。それに、かなりの確率で再発が予想されます。
   それでもいいとおっしゃるのなら可能ですが、手術中の出血量などにもよるので、絶対とは言い切れませんね」

だいたい予期していた通りだが、途中から医師の声は遠くなり私は呆然とするしかなかった。
ウンともスンとも言わず、黙ったままのわたしに医者はこう言った。

医師「来週、顧問の先生がいらっしゃるから、その方にも診てもらいましょう」
私 「あのぉ・・・顧問というのは・・・」
医師「東京○○大の名誉教授です」
私 「・・・」

普段は、「肩書きに”名誉”なんて単語をくっつけて、よく恥ずかしくないなぁ」と思っているのに、この時ばかりは「この目の前の医師と少しでも違う診断をして欲しい」ただそれだけの為に一週間後の予約をした。
結局わたしは”名誉”という肩書きにすがり、またまた時間稼ぎをしたのだ。

●名誉教授の診察
名誉教授は80歳近いと思われる、シミだらけのお爺さんだった。
良くはわからないが、たぶん偉い先生なのだろうと思う。
しかし、診断の結果はさほど変らなかった。
筋腫だけ取る手術は、目に見えない筋腫の芽までは取り切れないから再発の可能性を残すこと、完全に治療しようと思えば子宮摘出するしかないことを説明された。

ただ、まれに大きくならない人も居るから、手術は少し様子を見てからでもいいということだった。
最初の先生に比べてのんびりとした雰囲気だったが、それは私を安心させるものではなかった。
”役不足…”そんな言葉が浮かんで、名誉教授が果てしなく遠い人のように思えた。
何百、何千という人の体にメスを入れ、その生死を左右して来ただろうこの老医師には、私のような、ちっぽけな病気にかかわっている暇はないんだろうな。

命にかかわらないと知って安心はできたが、私にとっては相変わらずの一大事。
この日も決断できなかった。
子宮摘出がどうのこうのよりも、痛くもなんともないこの体にメスを入れることが、単純に怖かった。

●プライバシー
再度病院を訪れた。
決断しない私が悪いのはわかるが、行く度ごとに扱いがぞんざいになっていく。
(もうこれ以上何も説明することはありません)と言った感じだ。
あんまり何も言わない私に医師は
「じゃぁこれを見て考えて下さい」
と病気についてのパンフレットのようなものを差し出した後、カーテンを隔てた隣のスペースにいる別の患者に問診を始めた。

突然「ご妊娠です。おめでとうございます。
   あっ、おめでとうで…(だんだん声が小さく)良かったのかナ?」

そう、この病院ではこういう事が簡単に耳に入るようになっている。
問診は机を挟んで行われるが、隣とは膝丈ぐらいのカーテンが一枚っきり。
その脇で私は15分ほどパンフレットを眺めていただろうか、その間、聴くともなく何人かの病名を知ってしまった。
中にはかなり深刻な状態の人もいた。

ぼんやりパンフレットを眺めながら、さすがに手術は仕方ないと思い始めてはいたものの、ここで切るのは何となく嫌だなぁと思うようになっていた。
そう思ったことで、更に決断出来なくなり、来年に持ち越すことになってしまった。
医師はさすがに呆れたようだった。

●救世主
誰かに相談しようと思った。
でも、同じような病気を経験した人じゃないと、わからないような気がした。
一番は、同じ病気で子宮を全摘出している母だが、そのときちょうど父が胃がんで入院していてその世話に忙しそうなのと、ひとり娘が子宮を摘出するかも知れないということは、なるべく直前まで知らせたくはなかった。
そうなったらなったときに、言えばいいと思った。

この頃、自身の手術体験をネットで公開している女性のサイトを見つけた。
まだ誰もがサイトを持つほどポピュラーでなく、ましてや女性が自分の婦人科の手術の内容をこと細かに書いているなんて、まずありえなかった。
その内容を読んでいるうちに、ぜひこの人に相談したいと思うようになった。
(この人ならきっと応えてくれるに違いない)
そんな変な確信とともに、藁をもつかむ気持ちで、その作者にメールを出した。
帰ってきた返信は思ったと通り冷静で、でも思いやりあふれる内容だった。

その人とのメールのやり取りを通じて、病状に猶予のある場合は、医師の変更もアリだということを知る。
目からウロコだった。
今ならセカンドオピニオンやサードオピニオンなど、驚くことでもないが、当時のわたしにとってはものすごく敷居の高いことだった。
即座に、知り合いのおばさんが勧めてくれた評判が良いという病院に変える決意をする。
そして、その選択が間違っていなかった事が、後々判ることとなる。

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by adukot_u3 | 2012-03-14 21:08 | 健康・美容
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