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『海洋天堂』(途中ねたバレ注意)
『海洋天堂』は中国の映画。
奥さんを失くし自閉症の一人息子を抱えた男が、自分も末期がんで余命半年しかないことを知って、いったんは無理心中をしかけるが諦め、残された時間を息子・大福(ターフー)がひとりで生きて行けるようにするために、ひたすら費やすというお話だ。

こう書くと、ありきたりのお涙頂戴ドラマのようだがそうではない。
スクリーンには、20歳を過ぎた大福が入れる施設を探したり、家事やり方やバスの乗り方を教えたりなど、父親のきわめて淡々とした日常が描かれているだけで、これと言って泣かせる場面があるわけではない。

それなのに、始まってしばらくしてから周りからはハナをすする音が・・・。出演者がほとんど泣かないのに、観ている人がこんなに泣く映画も珍しいと思う。もしかしたら同じように自閉症のお子さんを持つ親御さんたちが観に来ているのかな?と思った。

父親が大福のことに一生懸命になればなるほどわたしは、その父親がいなくなった後のことを考え、切なく悲しくなる。でもそれはあくまでも想像だ。
実際に障害のあるお子さんをもつ親御さんたちはたぶん、子供が小さいうちから自分が死んだ後のことをリアルに考えて日々を過ごしているに違いない。
そんな方々にとっては、この父親の淡々とした日常と、自分たちの日常が重なって見えるに違いない。

自閉症ではないが、私には7歳からずっと施設に入っている、精神に障害を持った”いとこ”がいる。
施設に入るまではずっと一緒に暮らしていたので、私にとっては兄弟に近い感覚だ。先天性ではなく、れっきとした医療過誤。それまではごく普通だったのに、耳の手術をしてから急におかしくなった。
今でも年を尋ねると7歳と答える。今なら損害賠償で大モメだろうが、昔のことだから当然泣き寝入りだ。

今年で五十になるそのいとこが以前、風邪をこじらせて危篤状態になったことがあった。
何とか持ち直した後、母親である伯母は「いっそ死んでくれれば良かったのに・・・」と言った。若くして夫に先立たれている伯母には、その下に二人の息子がいるので、映画のように無理心中するわけにはいかないのだ。

そうは言っても、順番からいけば当然、伯母が先に亡くなる。大福よりもかなり障害の重いいとこの世話は、国や施設がしてはくれるかも知れないが、もろもろの手続きや、そういうのとは関係ない季節ごとの着替えや食べ物の差し入れ、たまの面会には誰が行ってくれるのだろう。
誰かが行ってくれるかも知れないし、行ってくれないかも知れない。行きたくても経済的に無理ということもあるだろう。いきおい、伯母の行動は誰に対しても最後には弱腰になる。
意識してるかしていないかは知らないが、わたしにはそう見える。

いとこは身内の中で疎んじられているわけでは決してない。その穏やかで優しい性質ゆえに、一時帰宅のときにはみんなが、いとこと話をするために集まる。ごく少数の身内だけにしか通じないような言語でだけど。
でも、それと一生いとこの面倒を見ることとは全くの別問題。それぞれに家族が出来れば、どうしたってそちらを優先する。
伯母の「いっそ死んでくれれば良かったのに・・・」は、そういうもろもろを飲み込んだ末の答えなのだろう。

映画では奇跡的なことは何も起きず、淡々とした日常の延長のように、半年後に父親が亡くなる。
それまでは、父親がいないと何もできなかった大福が、周りの人の手助けもあって、ひとりでバスに乗ったり卵を割ったりができるようになっている。日常のそこここに、いないはずの父親の影が見えるのだ。

きわめつけは、父親の勤務先の水族館の水槽で、大福が海亀と戯れるシーン。
生前、父親はハリボテの甲羅を背負って海亀の格好をして、「お父さんは死んだら海亀になるんだよ」と言い聞かせながら、大福とよく、この水槽で遊んでいたのだ。
父親が亡くなった後も、本物の海亀の甲羅に抱きついて嬉々として戯れる大福。

もうここでアウト!父親の言った言葉の意味がわかって海亀と遊んでいるのかはわからないが、大福がニコニコすればするほど涙があふれて止まらない。
その楽しそうな様子が、機嫌のいいとき、わけのわからない鼻歌を歌ういとことカブってまたまた号泣・・・。
人が笑うほどに涙が出る。『海洋天堂』はそんな映画だった。





主役のジェット・リーさんは、映画「少林寺」でスクリーンデビューし、ハリウッドに進出したスーパーアクション俳優だそうです。
アクションものはあんまり見ないから、ぜんぜん知りませんでした。
先入観なく見れて、かえって良かったかも知れません。
by adukot_u3 | 2012-01-07 17:10 | 映画
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