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歌好き地図好き散歩好き。おまけに路地好き文具好き。最近はウクレレLOVE!モットーは『自分で調べて自分で考えて、なるべく自分の事は自分でやる』。さそり座、黒ひょう、AB型女。
by maccheroni
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神戸復興塾

阪神・淡路大震災のあと、復興にかかわる専門家のうち、志を同じくするメンバーが集まってできた、神戸復興塾という集まりがある。
今回は、神戸復興塾と東北との災害復興の連携を目指して、被災地にボランティアとして行かれた方々の報告会があるということで、わたしもとあるご縁で参加させていただくことになり、はるばる神戸まで行って来た。
一応参加はしたものの、16年もの間、災害復興に取り組んで来られた方々の熱意に、新参者のわたしは圧倒された。「神戸の復興のノウハウを是非東北の方々に伝えたい」という思いが反映された3時間半、現地での活動リポートを聴いていると、被災者の気持ちはやはり、被災者じゃないとわからないのかな?という気にもなった。

ところが、被災地から神戸に県外避難をして来た方々への支援内容を聞いてみると、現地に行かなくても手伝えることがたくさんあることに気づく。
細かい内容は端折るが、3時間半の中で、わたしが「へぇ~」とか「なるほど」と思ったことがいくつかあったので、それを書いておく。

●義援金と支援金
まず、被災地支援の第一歩として、義援金と支援金の違いをはっきりさせるべきだと思った。両者の違いは以下。

        義援金           支援金
----------------------------------------------------
使途     被災者へ     ボランティア支援団体へ
スピード   遅い             早い

義援金は基本が公平・平等なので、それをあれこれ考えるため、なかなか被災者の手に渡らない。
できればボランティアに行きたいけど、なかなか行かれないという人は、代わりに支援金をボランティア団体に寄附するという手もある。みんなが行けるわけじゃないし、行くことだけがエライわけでもない。
ただ、このふたつの違いを理解していたら、状況はもう少し違ったものになるだろうと思う。

●住居を提供するのか暮らしを提供するのか?
意外なことに、県外避難者を受入れる公団住宅などの部屋には、そのままでは人が住めないぐらい汚いところもあるらしい。覚悟を決めて避難して来たのに、紹介された滞在先が汚かったら、それこそ凹みまくりだろうなと思う。

例えそこそこキレイなところであっても、電化製品がなければ生活は出来ない。NPOには、被災者を受け入れる先の掃除をしたり、電化製品支援をしているところがある。そういう掃除の手伝いや、家で使ってない電化製品を寄附したりという手もある。

●情報提供
県外避難者は、被災地を離れることで現地の情報から遠くなることを心配している。市役所などに地元の新聞を置いておくことだけでもかなり不安を和らげる効果があるらしい。

●被災者のニーズの変化
県外避難者は、避難した当初は疲れから風邪をひいたりと体調を崩すことが多い。それが治って少し落ち着くと就職活動。それが決まって落ち着いてくると、地域に馴染むためにもレクリエーションが必要になってくるらしい。ニーズの変化に気を配ったサポートが重要とのこと。


神戸の方々は、災害復興の経験者でノウハウもお持ちなので、ボランティアとして現地に入ると、「神戸ではこうだったから・・・」とつい言ってあれこれ世話を焼きがちになるらしいが、現地の方々には被災のショックや、原発問題もあって、すんなりと助言を受け入れてもらえないことも多いとか。

会議を終えて・・・
全国からいろんな人が被災地に来てはいろんな提案をしているそうだが、実際は地元の人はそれを喜ぶどころか、ゲンナリしているらしい。こういうことは、メディアでは到底書けないだろうし、実際に現地に行かないとわからない空気感だ。被災地には、物資など理屈だけで動かせるものと、そうでないものがあることを実感できた。こういうお話を伺えただけでも、神戸に行って良かったと思った。

わたしは、体力も経験もないボランティア志願者は、最初のうちは遠慮した方がいいと思っていたが、装備や受け入れ先などの最低限の情報確認さえして行けば、現地で多少の衝突があっても、それはそれでいいと多少考えが変わった。
衝突することで、どういうところで衝突するのかがわかって、今後のノウハウ構築に役立つと思うからだ。衝突を避けることで、さまざまなシチュエーションに広く対応できないヘタレなノウハウになってしまっては本末転倒だ。災害は避けられないが、またいつか誰かが困ったときのために役立つようにしておく。被害を無駄にしないということとは、そういうことだと思う。


by adukot_u3 | 2011-05-15 01:42 | 政経・社会
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