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書籍 『私という病』中村うさぎ
私という病整形しまくり、借金しまくりのホスト狂い。
中村うさぎさんについてはそんな印象しかなかった。
それがとあるテレビ番組で、他の人とのやりとりを見ていたら、ものすごく人の話を真正面からちゃんと受け止めて返していて、なんて真面目で誠実な人なんだろうと思った。
相変わらず内容が下ネタ満載なのでそこに気をとられていると、「どこが?」と思うかも知れないが、とりあえずわたしはそう感じた。
で、本当はどうなの?それを知りたくて本を読んでみた。

選んだのは、デリヘル(デリバリーヘルス)体験を綴った『私という病』。
年はとったけど、まだわたしには女としての性的価値が残っているに違いない。「誰かわたしに欲情して!」そんな魂の叫びとともに、果敢にデリヘルに挑むという話だ。

いやぁ~すごい!
珍しく一気読みしてしまった。
話題になるためには何でもする人なんだなと思っていたが、それは大きな間違いだった。
そこには、少しの虚飾や欺瞞も許さず、自虐的とすら思える潔癖さで、どこまでもどこまでも自分を突き詰めもがき苦しむ彼女がいた。

なんでそこまでするのかなぁ?と思ったが、そのきっかけは、デリバリーヘルス体験記のあと(デリヘル体験記は全体の1/3ほど)に書かれた、若いホストとの切ないほどの恋愛にあった。
年相応の分別あるタニマチを演じていたはずが、ホストから告白(もちろん営業)されたとたん簡単に落ち、深みにはまって行く。
その泥沼の果てに突きつけられたのは、いかに自分は女としての魅力がないかという事実。「誰かわたしに欲情して!」には、そういう理由があったのだ。

デリバリーヘルス体験記自体は、それはそれでたしかにショッキングな内容だが、それよりも、その若いホストに夢中になってしまったことや自身の結婚・離婚、デリヘル経験とはいったいなんだったのかを、冷酷なまでに客観的に分析していく後半の部分の方が、読む方にとってはヘビーだ。

なぜなら、彼女が自分の中の虚飾や欺瞞を指摘するたびに、読んでいるわたしの中の虚飾や欺瞞やナルシシズムなどなど、人から良く思われたいが故にわざと見えない振りをしているイヤな部分が、これでもかと露にされていく気がするからだ。
それがあまりにも図星なので愕然とし、めちゃめちゃテンションが下がる。
でもそのあと、あぁなるほど、これが己の姿かとあらためて感慨深く思う。

ほんとは人からの評価なんて気にしないで生きられれば一番いいんだろうけど、人は人から認められたいという呪縛からは、そう簡単には逃れられそうにない。
それは人によっては肩書きだったり、お金だったりするわけで、彼女の場合は「男性に性的に認められること」がそれに当たる。
だから、それが明確に示され計ることのできる風俗というところに行き着くのは、ある意味自然な流れなのかも知れない。

「どれだけ男性に性的に認められるか」。
人がふだん心の奥深くに隠しているものを、彼女は自分の体からむんずと掴んで引きずり出し、白日のもとにさらす。
やっていることの内容はともかく、徹頭徹尾自分に嘘を許さないのが、この人のすごいところだ。

テレビで「お綺麗ですね」と言われると、彼女は必ず「あぁ整形ですから」と答える。
作り物の美しさで自惚れることを自分に許さない。
わたしが彼女のことを真面目で誠実だと思ったのは、やはり間違いではなかった。
ただ、あまりにも自分の中の欺瞞やら矛盾やらに気づきすぎて分析し過ぎて、疲れてしまわないだろうか?
解説で作家の伏見憲明氏が彼女のことを、『大衆の欲望という原罪を背負った巫女』だと書いていたが、まさにそのとおりだ。

よくよく考えると、この「私という病」は、「女という病」と言い換えてもいいのかも知れない。
ある時期のピークを境に、次第になだらかにデクレッシェンドしていくはずが、いつまでも女としてのフォルテシモを求められ、自分もそれを維持し続けたいと願う。
それは、日本という社会が生み出した風土病でもあると思う。

『私という病』。
できることなら学校指定図書にしたい。
by adukot_u3 | 2011-03-07 00:29 | 書籍
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