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『春琴』
へぇ~っ、 こういう演出もアリなんだぁ・・・それが正直な感想だ。
谷崎潤一郎の『春琴抄』と『陰翳礼讃』をもとに、イギリスの有名な演出家サイモン・マクバーニーが舞台化したこの作品。
と言っても人に聞いただけで、わたしはそんなに詳しくはないが、村上春樹の世界も舞台化して、ロンドン、ニューヨークでも絶賛されているすごい人らしい。

『春琴抄』は、盲目のお嬢様(春琴)に仕える手代の佐助が、やけどを負ってしまったお嬢様の顔を見ないよう目に針を刺し、自分も盲目になるというお話。
こう書くと簡単だが、ふたりはかなりディープな関係だったりする。
いかにも外国人の演出だなぁと思ったのは、人形、三味線、筆文字、着物、畳など、THE日本的なモノをたくさん使っていたことだ。

まず最初、春琴が人形だったことに「なんじゃこりゃぁ~」とビックリ!!
その人形を、深津絵里が文楽のように操りながら春琴を演じるのに二度ビックリ!!!。
人形遣いと語りが別々な文楽と違って、こちらは人形を操りながら台詞を喋るので、最初はついつい深津絵里の顔を見てしまっていたが、そのうち全く違和感を感じなくなり、最後は深津絵里の声をした人形として観ていた。

深津絵里は昔、『きらきらひかる』というドラマで、なかなかいいなぁと思ったぐらいで、あんまり観たことはなかったが、こんな達者な女優さんになっていたことを初めて知った。
常々、一度は文楽を観たいと思いつつも、長時間、人形の演技に耐えられるのか?が不安だったが、これで絶対に楽しめるという自信がついた。



舞台にはセットがない。 黒子が持つ木の棒を、柱に、あるいは鴨居に、扉に、庭の松などに見立て、畳を敷き詰め、その都度、舞台の一角を瞬時に演じる場にしていく。
それもただの黒子としてではなく、黒子も演者のひとりとして、あるときは踊るように、あるときはきびきびと、役者の行くところ行くところを先回りし、スポットライトを誘導するかに見える。
うす暗い舞台には、常にゆらゆらとろうそくの炎が揺れている。
不規則にゆらゆらするそれは、春琴と佐助の危うい関係性を表しているかのようだった。

プロローグは、ラジオ用『春琴抄』の録音をしているナレーションの女性が、いつの間にか『春琴』の芝居に入っていき、実際にそこでもナレーションをするという、落語のマクラを思わせる演出になっているが、この女性のナレーションがもう超!素晴らしかった。
本当にいつの間にか、知らないうちに芝居に入ってしまっていることに、後から自分自身で驚いた。
もしかしたら、ナレーションが一番良かったかも・・・。

時おり、ナレーション、年老いた佐助の回想、実際のセリフがコラージュのようになる場面があったが、そこでは集中力が途切れがちになった。
ひとつのシーンを、じーっと深く考えることは好きだが、アメリカのドラマによくあるように、あっちこっちで話が進んで画面が4分割になったりする、妙に忙しいやつが苦手なわたしは、実はこういう演出も少々苦手だったりする。
が、そのお陰か、2時間弱の間ダレる箇所は全くなく、一度も時計を見ることはなかった。

⇒『春琴』
by adukot_u3 | 2009-03-09 06:34 | 演劇・演芸
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