かねてより行きたかった、千葉の佐倉市にある「国立歴史民俗博物館」に行ってきた。同行者はかつての同僚、歴女のEちゃん。古地図好き散歩好き歴史好き、おまけに酒好きな私たちは、勝手にMAPS(マップス)という名前をつけ、不定期に都内や郊外の面白そうなところを歩き回っている。
最後は反省会と称する飲み会をやって〆るのが恒例だ。
都内から約1時間、長嶋茂雄さんの出身地として有名らしい佐倉はけっこう田舎だった。
駅前だと言うのに、お店もこれと言って見当たらないので、仕方なく庄屋でランチを食べ、寂れた街並みを歩くこと15分、突然小高い丘が…。
この辺り一帯は佐倉城の城址で、博物館は今は城址公園となっているこの丘の上にある。広々とした敷地からすると、さぞや立派なお城だったんだろう。
この佐倉城の城主にはかつて、江戸末期に活躍した老中・堀田正睦(ほったまさよし)がいたらしい。
ちなみにNHKの『篤姫』では、辰巳琢郎がやっていた。
そんなことがわかると、とたんに身近な感じがするから不思議だ。
この堀田さん、大の蘭学好きでバリバリの開国派。
彼が佐倉に招いた医者が作った「順天堂」という病院兼蘭医学塾が、今の順天堂大学になったらしい。へぇ~。
そんな彼は、日米修好通商条約の交渉においても、「国の力を強くするのは交易だ」という信念のもと、幕府主導による開国・貿易を強く望んでいた。
それなのにハリスの、「交渉に応じないと米国艦隊が来ちゃうよ」とか、アヘン戦争で清がひどい目にあったことを例に「相手がイギリスならこんなもんじゃ済まないよ」とか「開港すれば貿易利権を幕府が独占できてウハウハじゃね?」とか脅しすかしの手練手管によって、結局は、治外法権と関税自主権のない不平等な条約を結ぶことになる。
日本がいつまでも鎖国し続けるのは無理だったとしても、内容が不利すぎ。
でもこの状況、TPPで市場開放を迫られている今の日本ととてもよく似ている。
個人的には、庭石をどかすのになにもダイナマイトを使う必要はないんじゃないかと思うけど、もしも堀田さんの時のように、自由貿易の名のもとに結果として治外法権や関税自主権を失うことになってしまったとしたら、日本は外交的に歴史からなんにも学ばず、進歩していない国ということになる。
話が大きく逸れてしまったが、そんな人がかつて住んでいた所に建つ博物館は、さすがに国立だけあって建物自体も広くて立派。
上野公園の博物館や美術館と並んでても全然おかしくないぐらい、展示物も予想をはるかに超える充実ぶりで、じっくり見てたら絶対に一日じゃ終わらない。
こんなことなら、庄屋のランチをもうちょい早く切り上げるべきだったと反省。
展示の中で、テンション上がったのが、まだ江戸に大名屋敷が残っていた頃の街の写真。
どこから撮ったのかは知らないが、山の上から見渡したような写真が張り合わされていて、巨大なパノラマ写真のようになっている。
江戸のどこにどんな大名屋敷があったかは古地図を見ればわかるが、あらためて写真で見せられると、そのリアルさについ見入ってしまう。
1962(昭和37)年に建設された、赤羽台団地のひと世帯を実物大で再現した一角も面白かった。要は団地のモデルルームみたいなもの。
今見ると、ちょっと古めの普通のお宅?って感じだが、あの頃のお父さんたちは、こういうのを夢見て頑張って働いていたんだろうなぁ。
あゝあれから50年、今みたいな世の中になるなんて誰が思ったろう。
閉館間際で慌しかったので、じっくりとは見れなかったが、興味深かったのが、昔(明治~大正)の生理用品。
一瞬見たときは、ふんどしかガーターベルトか貞操帯かと思った。
どれもちゃんとは見たことないけど。
こんなんじゃ、おちおち外出も出来ないだろうに…と思っていたら、
昔の女性は働いてないし、そういう時は極力外出を避けてたらしい。
でも、普通の女性ならそうだったかも知れないけど、うちのばぁちゃんは髪結だったので、おかもち持ってバリバリ働いていたはずだ。
いったいどうしてたんだろう?
生きてるうちに、もっと色々聞いとくんだったな。
堀田正睦がどうしたこうしたとかいうオモテの歴史もいいけど、こういう普通はおおっぴらにならないようなものが収蔵されているところが、民俗博物館の面白いところ。
ある意味秘宝館的な魅力だ。
冷凍しておいた正月の残りの餅もあとわずか。
早く食べないと、今度は寒餅(かんもち)というのが実家から送って来る予定だ。
寒餅とは、なんのことはない単に寒の時期についた餅のこと。
腐りにくくて美味しいんだとか。
今年は例年になく大雪らしいので、余計に美味しいかも。
最近、大雪大雪とニュースでうるさいけど、
子供のころの雪の量に比べたら、全然どーってことないんですけど。
てことで、安倍川もちでも作って餅を消費しようと思って、
餅を焼いたあと、お湯にくぐらせようとした。
が、そのお湯がまだ沸いてなかった。
待ってるのが面倒くさかったので、弱火にしたまま餅を入れ、
そのまま台所であれこれやっていたら…ほとんど溶けた。
しまった!
でも、もはや口が安倍川になってしまっていて、どうしてもきなこが食べたい。
もう一個焼くのはさらに面倒くさい。
・・・・・
いい事考えた!
きなこと砂糖を合わせたやつはもうあるんだから、
そこに、溶けてドロドロした餅を入れて混ぜたら
豆飴(まめあめ)みたいになるかも。
豆飴とは、地元・能登半島は七尾のお菓子で、
きなこに水あめを混ぜて半生状に固めたもの。
関東で言うと、埼玉・熊谷名物「五家寶(ごかぼう)」の外側みたいなもの。
って余計わかんないか。(ごかぼうも美味しい!)
とりあえず、溶けた餅が固まらないうちに、きなこ+砂糖+ちょび塩を合わせてグルグル練ることしばし。
おぉ~立派な豆飴の完成だ。
餅は溶けてしまったけど、無駄にしなくて済んだし、簡単だしエコだし美味しいし、ちょっとは日持ちもするし。安倍川もちよりいいかも。めでたしめでたし。
輪島塗の菓子皿に乗せてみたら、なんか田舎娘が加賀友禅を着た感じに(笑
早く食べないと、今度は寒餅(かんもち)というのが実家から送って来る予定だ。
寒餅とは、なんのことはない単に寒の時期についた餅のこと。
腐りにくくて美味しいんだとか。
今年は例年になく大雪らしいので、余計に美味しいかも。
最近、大雪大雪とニュースでうるさいけど、
子供のころの雪の量に比べたら、全然どーってことないんですけど。
てことで、安倍川もちでも作って餅を消費しようと思って、
餅を焼いたあと、お湯にくぐらせようとした。
が、そのお湯がまだ沸いてなかった。
待ってるのが面倒くさかったので、弱火にしたまま餅を入れ、
そのまま台所であれこれやっていたら…ほとんど溶けた。
しまった!
でも、もはや口が安倍川になってしまっていて、どうしてもきなこが食べたい。
もう一個焼くのはさらに面倒くさい。
・・・・・
いい事考えた!
きなこと砂糖を合わせたやつはもうあるんだから、
そこに、溶けてドロドロした餅を入れて混ぜたら
豆飴(まめあめ)みたいになるかも。
豆飴とは、地元・能登半島は七尾のお菓子で、
きなこに水あめを混ぜて半生状に固めたもの。
関東で言うと、埼玉・熊谷名物「五家寶(ごかぼう)」の外側みたいなもの。
って余計わかんないか。(ごかぼうも美味しい!)
とりあえず、溶けた餅が固まらないうちに、きなこ+砂糖+ちょび塩を合わせてグルグル練ることしばし。おぉ~立派な豆飴の完成だ。
餅は溶けてしまったけど、無駄にしなくて済んだし、簡単だしエコだし美味しいし、ちょっとは日持ちもするし。安倍川もちよりいいかも。めでたしめでたし。
輪島塗の菓子皿に乗せてみたら、なんか田舎娘が加賀友禅を着た感じに(笑
今日、東京の北区・王子であった火事の火元は、前に散歩にも行った”さくら新道”だ。
江戸時代からの桜の名所である『飛鳥山公園』という森のように大きな公園と、京浜東北線や高崎線や新幹線や都電まで並んで走る広い線路敷地との間の細なが~い土地に、古い木造二階建ての小さな飲み屋が一列に二十軒ほど連なっている。

見ればわかるとおり、もともとは戦後の闇市から始まった一帯で、二階はどう見ても違法建築のような・・・。
火事でも起こったら全滅だなぁと思って見ていたが、やはり。
電車も止まったらしいが、この家の二階の屋根のすぐ脇を電車がびゅんびゅん通っているので無理もない。雰囲気のある飲み屋街だっただけに残念だけど、全滅したわけじゃないのが救いかな。
江戸時代からの桜の名所である『飛鳥山公園』という森のように大きな公園と、京浜東北線や高崎線や新幹線や都電まで並んで走る広い線路敷地との間の細なが~い土地に、古い木造二階建ての小さな飲み屋が一列に二十軒ほど連なっている。

見ればわかるとおり、もともとは戦後の闇市から始まった一帯で、二階はどう見ても違法建築のような・・・。
火事でも起こったら全滅だなぁと思って見ていたが、やはり。
電車も止まったらしいが、この家の二階の屋根のすぐ脇を電車がびゅんびゅん通っているので無理もない。雰囲気のある飲み屋街だっただけに残念だけど、全滅したわけじゃないのが救いかな。
●協議開始
日本政府は参加国との事前協議を始めるらしい。
TPP交渉の席に着くには、参加9カ国と事前協議をして、すべての国からOKを得る必要がある。
最大の焦点である米通商代表部(USTR)が募った、日本のTPP参加に対する米業界からの意見は100を超えたらしい。
●米通商代表部(USTR)のヘンな言い分
「日本は自動車市場が先進国で最も閉鎖的」(米自動車政策会議)。
はぁ?
日本の乗用車輸入関税は0%。米では2.5%、EUでは10.0%、韓国では8.0%。税制上は世界で最も解放された市場なんですけどぉ。
イチャモンつけるのもいいかげんにしろという感じ。
「閉鎖的と言われる筋合いはない」という経産省幹部の反論はもっともだ。
加えて「日本独自の軽自動車規格を”日本メーカーだけに恩恵がある”と廃止を要求」。
車の輸入関税ゼロに、閉鎖的だとイチャモンつけてるような人が言ってることだから、これだって正当性は怪しいものだ。
その規格がどれを指してるのかは知らないが、仮に、特定のどこかに利益をもたらすためだけの無意味な規格があれば、とっとと廃止すべきだが、華奢な作りの軽自動車だからこそ、規格の廃止には慎重になるべきだろうと思う。
とは言え、そんな正論が米自動車業界に通用するとは思えない。
「俺ンとこの車買えよ。そしたらTPP入れてやっからよ」
と言い出すに決まっている。
それだけじゃない。
子会社に「西友」を抱えるウォルマートはコメで、全米食肉協会は牛肉で、その他もろもろの業界団体で。
虎視眈々どころじゃなく、もう鵜の目鷹の目なのだ。
●食物の安全性
車と違って食品は直接口に入るものだ。
特に、バイオテクノロジーの巨人・モンサント社の遺伝子組み換えトウモロコシは、フランスでも問題になったばかり。
でも、アメリカの大豆の90%、トウモロコシの85%、サトウダイコン(砂糖の原料)の95%を占める、モンサントの遺伝子組み換え作物から作られた加工食品を避けることは事実上不可能に思える。
モンサントの経営者は「遺伝子組み換えを行わなければ、世界の人々は餓死する運命にある」と確信しているようだが、遺伝子組み換え種子を使ったからと言って救われるかというと、そういうわけでもない。
強力な除草剤に耐性を持つ雑草や害虫の出現や、そもそも、遺伝子組み換え種子そのものの人体への影響は、歴史が浅いため、まだちゃんと検証されていない。
(国連大学のサイトOur World 2.0)
●Americanization=Globalization
「遺伝子組み換えを行わなければ、世界の人々は餓死する」
「原発がなければ生活して行けない」
このふたつの根っこはおんなじ。
人体への影響がちゃんと検証されてなくて、事故が起これば尋常じゃない深刻さなのに、こうやって脅して見切り発車。あとのことなんて、な~んも考えてない。
車や食べ物など、形あるものだけではない。
米生命保険協会にいたっては、競争条件が公平になるまで、かんぽ生命に自前のがん保険販売を禁止しろとまで言って来ている。
柔道で日本勢がメダルを独占すると、ルールが変わるのと理屈はおなじだ。
USTR・カーク代表の、「日本が米国の関心事に対応することを評価する」という発言は結局、「言いなりにならないと評価しない」ということだ。わたしにはそうとしか聞こえないし、暗にそう言ってるんだろうと思う。
だからと言って、「あぁアメリカったらなんてヒドイ」と文句言ってるだけじゃ何も始まらない。こうなったのもわたしたちが選んだ人たちがやったこと=わたしたちがやったことでもある。
まずはわたしたち自身が変わる。そしてちゃんとやってくれる人を選ぶ。全てはそこから。それができなきゃ日本人はそこまでということ。
────────────────────────────────────────────────
※サルでもわかるTPP わかりやすい!
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日本政府は参加国との事前協議を始めるらしい。
TPP交渉の席に着くには、参加9カ国と事前協議をして、すべての国からOKを得る必要がある。
最大の焦点である米通商代表部(USTR)が募った、日本のTPP参加に対する米業界からの意見は100を超えたらしい。
●米通商代表部(USTR)のヘンな言い分
「日本は自動車市場が先進国で最も閉鎖的」(米自動車政策会議)。
はぁ?
日本の乗用車輸入関税は0%。米では2.5%、EUでは10.0%、韓国では8.0%。税制上は世界で最も解放された市場なんですけどぉ。
イチャモンつけるのもいいかげんにしろという感じ。
「閉鎖的と言われる筋合いはない」という経産省幹部の反論はもっともだ。
加えて「日本独自の軽自動車規格を”日本メーカーだけに恩恵がある”と廃止を要求」。
車の輸入関税ゼロに、閉鎖的だとイチャモンつけてるような人が言ってることだから、これだって正当性は怪しいものだ。
その規格がどれを指してるのかは知らないが、仮に、特定のどこかに利益をもたらすためだけの無意味な規格があれば、とっとと廃止すべきだが、華奢な作りの軽自動車だからこそ、規格の廃止には慎重になるべきだろうと思う。
とは言え、そんな正論が米自動車業界に通用するとは思えない。
「俺ンとこの車買えよ。そしたらTPP入れてやっからよ」
と言い出すに決まっている。
それだけじゃない。
子会社に「西友」を抱えるウォルマートはコメで、全米食肉協会は牛肉で、その他もろもろの業界団体で。
虎視眈々どころじゃなく、もう鵜の目鷹の目なのだ。
●食物の安全性
車と違って食品は直接口に入るものだ。
特に、バイオテクノロジーの巨人・モンサント社の遺伝子組み換えトウモロコシは、フランスでも問題になったばかり。
でも、アメリカの大豆の90%、トウモロコシの85%、サトウダイコン(砂糖の原料)の95%を占める、モンサントの遺伝子組み換え作物から作られた加工食品を避けることは事実上不可能に思える。
モンサントの経営者は「遺伝子組み換えを行わなければ、世界の人々は餓死する運命にある」と確信しているようだが、遺伝子組み換え種子を使ったからと言って救われるかというと、そういうわけでもない。
強力な除草剤に耐性を持つ雑草や害虫の出現や、そもそも、遺伝子組み換え種子そのものの人体への影響は、歴史が浅いため、まだちゃんと検証されていない。
(国連大学のサイトOur World 2.0)
●Americanization=Globalization
「遺伝子組み換えを行わなければ、世界の人々は餓死する」
「原発がなければ生活して行けない」
このふたつの根っこはおんなじ。
人体への影響がちゃんと検証されてなくて、事故が起これば尋常じゃない深刻さなのに、こうやって脅して見切り発車。あとのことなんて、な~んも考えてない。
車や食べ物など、形あるものだけではない。
米生命保険協会にいたっては、競争条件が公平になるまで、かんぽ生命に自前のがん保険販売を禁止しろとまで言って来ている。
柔道で日本勢がメダルを独占すると、ルールが変わるのと理屈はおなじだ。
USTR・カーク代表の、「日本が米国の関心事に対応することを評価する」という発言は結局、「言いなりにならないと評価しない」ということだ。わたしにはそうとしか聞こえないし、暗にそう言ってるんだろうと思う。
だからと言って、「あぁアメリカったらなんてヒドイ」と文句言ってるだけじゃ何も始まらない。こうなったのもわたしたちが選んだ人たちがやったこと=わたしたちがやったことでもある。
まずはわたしたち自身が変わる。そしてちゃんとやってくれる人を選ぶ。全てはそこから。それができなきゃ日本人はそこまでということ。
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※サルでもわかるTPP わかりやすい!
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以前の日記に書いた、映画『愛を読むひと』が、Gyao(ギャオ)というサイトで上映している。
Gyaoとは、Yahoo!JAPANが運営する、映画やドラマ、アニメなどを視聴できるサイトで、ID登録するだけですべて無料。
それだけに公告が多かったりもするが、映画館やTSUTAYAにわざわざ行くほどではないけど、なんとなく見てみたいものや、見逃してしまった映画などがたまたまやっていた時なんかは、とてもありがたい。
わたしが今までテレビを観ていた時間は、本を読むか、ここで映画か韓国ドラマを見るかになった。
『愛を読むひと』は2月16日まで。
Gyaoとは、Yahoo!JAPANが運営する、映画やドラマ、アニメなどを視聴できるサイトで、ID登録するだけですべて無料。
それだけに公告が多かったりもするが、映画館やTSUTAYAにわざわざ行くほどではないけど、なんとなく見てみたいものや、見逃してしまった映画などがたまたまやっていた時なんかは、とてもありがたい。
わたしが今までテレビを観ていた時間は、本を読むか、ここで映画か韓国ドラマを見るかになった。
『愛を読むひと』は2月16日まで。
うちにはテレビがない。
東日本大震災以降、あまりにいいかげん過ぎる報道に愛想がつきて、アナログ放送終了と同時にやめた。
唯一の心のこりが、毎週見ていた韓国ドラマ『イサン』と、東京のローカル局・MX-TVのワイドショー『5時に夢中』だったが、テレビという物体をいったん無くしてみないことには、テレビのない世界はわからないので、自分に対する実験のつもりでやってみた。
結果、『イサン』も『5時に夢中』も、数回見逃したあたりからそれほど見たいと思わなくなった。
小学生のころから部屋にテレビがあって、親もうるさくなかったので見たい放題。
約40年間どっぷりとテレビ浸けだったわたしが、こんなにもあっさりとやめられるとは思ってもみなかった。
それもこれも、一応信用していたニュースが、テキトーなことを言ってくれたお陰だ。
とは言え、べつにテレビを絶対見ない主義というわけでもないので、年末年始は実家でじっくりと見た。
約半年ぶりに見たテレビは、内容はともかく、のべつまくなし音が出ているので、うるさくて落ち着いて見ていられなかった。
じっくり見れたのは、向田邦子・作のドラマや動物のドキュメンタリーぐらいか。
昔々、よくパチンコに行っていた時期があったが、今じゃ全く行かなくなった。
理由は単純に全然面白くなくなったからだが、今のパチンコはあまりにもうるさすぎ!
前を通ってたまたま自動ドアが開いただけで頭が痛くなる。あんなとこに一日いたら耳にも良くないだろうに。
それ以外の番組では、テレビじゃないと見られない、顔とかファッションに目が行った。
12月30日のレコード大賞で藤原紀香さんが着ていた着物を使ったドレスが素敵だった。
彼女は背が高くスタイルも良く、華があって押し出しもあるので衣装に全然負けてない。
ただMCとしてはあまりに豪華すぎて、総合司会のマチャアキ、他の受賞者たちがショボく見えてしまうのはどうなんだろう?
わたしとしては、あまり周りを慮った無難なものより、「ちょっとそれどーよ」と物議を醸すぐらいの衣装を見る方が好きだけど。
東日本大震災以降、あまりにいいかげん過ぎる報道に愛想がつきて、アナログ放送終了と同時にやめた。
唯一の心のこりが、毎週見ていた韓国ドラマ『イサン』と、東京のローカル局・MX-TVのワイドショー『5時に夢中』だったが、テレビという物体をいったん無くしてみないことには、テレビのない世界はわからないので、自分に対する実験のつもりでやってみた。
結果、『イサン』も『5時に夢中』も、数回見逃したあたりからそれほど見たいと思わなくなった。
小学生のころから部屋にテレビがあって、親もうるさくなかったので見たい放題。
約40年間どっぷりとテレビ浸けだったわたしが、こんなにもあっさりとやめられるとは思ってもみなかった。
それもこれも、一応信用していたニュースが、テキトーなことを言ってくれたお陰だ。
とは言え、べつにテレビを絶対見ない主義というわけでもないので、年末年始は実家でじっくりと見た。
約半年ぶりに見たテレビは、内容はともかく、のべつまくなし音が出ているので、うるさくて落ち着いて見ていられなかった。
じっくり見れたのは、向田邦子・作のドラマや動物のドキュメンタリーぐらいか。
昔々、よくパチンコに行っていた時期があったが、今じゃ全く行かなくなった。
理由は単純に全然面白くなくなったからだが、今のパチンコはあまりにもうるさすぎ!
前を通ってたまたま自動ドアが開いただけで頭が痛くなる。あんなとこに一日いたら耳にも良くないだろうに。
それ以外の番組では、テレビじゃないと見られない、顔とかファッションに目が行った。
12月30日のレコード大賞で藤原紀香さんが着ていた着物を使ったドレスが素敵だった。
彼女は背が高くスタイルも良く、華があって押し出しもあるので衣装に全然負けてない。
ただMCとしてはあまりに豪華すぎて、総合司会のマチャアキ、他の受賞者たちがショボく見えてしまうのはどうなんだろう?
わたしとしては、あまり周りを慮った無難なものより、「ちょっとそれどーよ」と物議を醸すぐらいの衣装を見る方が好きだけど。
もう年が明けてしまったが、年末、前々からどうしても観たかった映画『海洋天堂』を、最終上映に滑り込んで観ることができた。
奥さんを失くし自閉症の一人息子を抱えた男が、自分も末期がんで余命半年しかないことを知って、いったんは無理心中をしかけるが諦め、残された時間を息子・大福(ターフー)がひとりで生きて行けるようにするために、ひたすら費やすというお話だ。
と書くと、ありきたりのお涙頂戴ドラマのようだがそうではない。スクリーンには、20歳を過ぎた大福が入れる施設を探したり、家事やり方やバスの乗り方を教えたりなど、父親のきわめて淡々とした日常が描かれているだけで、これと言って泣かせる場面があるわけではない。
それなのに、始まってしばらくしてから周りからはハナをすする音が・・・。出演者がほとんど泣かないのに、観ている人がこんなに泣く映画も珍しいと思う。もしかしたら同じように自閉症のお子さんを持つ親御さんたちが観に来ているのかな?と思った。
父親が大福のことに一生懸命になればなるほどわたしは、その父親がいなくなった後のことを考え、切なく悲しくなる。でもそれはあくまでも想像だ。
実際に障害のあるお子さんをもつ親御さんたちはたぶん、子供が小さいうちから自分が死んだ後のことをリアルに考えて日々を過ごしているに違いない。
そしてそんな方々にとっては、この父親の淡々とした日常と、自分たちの日常が重なって見えるんじゃないかと思ったからだ。
自閉症ではないが、私には7歳からずっと施設に入っている、精神に障害を持った”いとこ”がいる。
施設に入るまではずっと一緒に暮らしていたので、私にとっては兄弟に近い感覚だ。先天性ではなく、れっきとした医療過誤。それまではごく普通だったのに、耳の手術をしてから急におかしくなった。
今でも年を尋ねると7歳と答える。今なら損害賠償で大モメだろうが、昔のことだから当然泣き寝入りだ。
今年で五十になるそのいとこが以前、風邪をこじらせて危篤状態になったことがあった。
何とか持ち直した後、母親である伯母は「いっそ死んでくれれば良かったのに・・・」と言った。若くして夫に先立たれている伯母には、その下に二人の息子がいるので、映画のように無理心中するわけにはいかないのだ。
そうは言っても、順番からいけば当然、伯母が先に亡くなる。大福よりもかなり障害の重いいとこの世話は、国や施設がしてはくれるかも知れないが、もろもろの手続きや、そういうのとは関係ない季節ごとの着替えや食べ物の差し入れ、たまの面会には誰が行ってくれるのだろう。
誰かが行ってくれるかも知れないし、行ってくれないかも知れない。行きたくても経済的に無理ということもあるだろう。いきおい、伯母の行動は誰に対しても最後には弱腰になる。
意識してるかしていないかは知らないが、わたしにはそう見える。
いとこは身内の中で疎んじられているわけでは決してない。その穏やかで優しい性質ゆえに、一時帰宅のときにはみんなが、いとこと話をするために集まる。ごく少数の身内だけにしか通じないような言語でだけど。
でも、それと一生いとこの面倒を見ることとは全くの別問題。それぞれに家族が出来れば、どうしたってそちらを優先する。
伯母の「いっそ死んでくれれば良かったのに・・・」は、そういうもろもろを飲み込んだ末の答えなのだろう。
映画では奇跡的なことは何も起きず、淡々とした日常の延長のように、半年後に父親が亡くなる。
それまでは、父親がいないと何もできなかった大福が、周りの人の手助けもあって、ひとりでバスに乗ったり卵を割ったりができるようになっている。日常のそこここに、いないはずの父親の影が見えるのだ。
きわめつけは、父親の勤務先の水族館の水槽で、大福が海亀と戯れるシーン。
生前、父親はハリボテの甲羅を背負って海亀の格好をして、「お父さんは死んだら海亀になるんだよ」と言い聞かせながら、大福とよく、この水槽で遊んでいたのだ。
父親が亡くなった後も、本物の海亀の甲羅に抱きついて嬉々として戯れる大福。
もうここでアウト!父親の言った言葉の意味がわかって海亀と遊んでいるのかはわからないが、大福がニコニコすればするほど涙があふれて止まらない。
その楽しそうな様子が、機嫌のいいとき、わけのわからない鼻歌を歌ういとことカブってまたまた号泣・・・。
人が笑うほどに涙が出る。『海洋天堂』はそんな映画だった。
奥さんを失くし自閉症の一人息子を抱えた男が、自分も末期がんで余命半年しかないことを知って、いったんは無理心中をしかけるが諦め、残された時間を息子・大福(ターフー)がひとりで生きて行けるようにするために、ひたすら費やすというお話だ。
と書くと、ありきたりのお涙頂戴ドラマのようだがそうではない。スクリーンには、20歳を過ぎた大福が入れる施設を探したり、家事やり方やバスの乗り方を教えたりなど、父親のきわめて淡々とした日常が描かれているだけで、これと言って泣かせる場面があるわけではない。
それなのに、始まってしばらくしてから周りからはハナをすする音が・・・。出演者がほとんど泣かないのに、観ている人がこんなに泣く映画も珍しいと思う。もしかしたら同じように自閉症のお子さんを持つ親御さんたちが観に来ているのかな?と思った。
父親が大福のことに一生懸命になればなるほどわたしは、その父親がいなくなった後のことを考え、切なく悲しくなる。でもそれはあくまでも想像だ。
実際に障害のあるお子さんをもつ親御さんたちはたぶん、子供が小さいうちから自分が死んだ後のことをリアルに考えて日々を過ごしているに違いない。
そしてそんな方々にとっては、この父親の淡々とした日常と、自分たちの日常が重なって見えるんじゃないかと思ったからだ。
自閉症ではないが、私には7歳からずっと施設に入っている、精神に障害を持った”いとこ”がいる。
施設に入るまではずっと一緒に暮らしていたので、私にとっては兄弟に近い感覚だ。先天性ではなく、れっきとした医療過誤。それまではごく普通だったのに、耳の手術をしてから急におかしくなった。
今でも年を尋ねると7歳と答える。今なら損害賠償で大モメだろうが、昔のことだから当然泣き寝入りだ。
今年で五十になるそのいとこが以前、風邪をこじらせて危篤状態になったことがあった。
何とか持ち直した後、母親である伯母は「いっそ死んでくれれば良かったのに・・・」と言った。若くして夫に先立たれている伯母には、その下に二人の息子がいるので、映画のように無理心中するわけにはいかないのだ。
そうは言っても、順番からいけば当然、伯母が先に亡くなる。大福よりもかなり障害の重いいとこの世話は、国や施設がしてはくれるかも知れないが、もろもろの手続きや、そういうのとは関係ない季節ごとの着替えや食べ物の差し入れ、たまの面会には誰が行ってくれるのだろう。
誰かが行ってくれるかも知れないし、行ってくれないかも知れない。行きたくても経済的に無理ということもあるだろう。いきおい、伯母の行動は誰に対しても最後には弱腰になる。
意識してるかしていないかは知らないが、わたしにはそう見える。
いとこは身内の中で疎んじられているわけでは決してない。その穏やかで優しい性質ゆえに、一時帰宅のときにはみんなが、いとこと話をするために集まる。ごく少数の身内だけにしか通じないような言語でだけど。
でも、それと一生いとこの面倒を見ることとは全くの別問題。それぞれに家族が出来れば、どうしたってそちらを優先する。
伯母の「いっそ死んでくれれば良かったのに・・・」は、そういうもろもろを飲み込んだ末の答えなのだろう。
映画では奇跡的なことは何も起きず、淡々とした日常の延長のように、半年後に父親が亡くなる。
それまでは、父親がいないと何もできなかった大福が、周りの人の手助けもあって、ひとりでバスに乗ったり卵を割ったりができるようになっている。日常のそこここに、いないはずの父親の影が見えるのだ。
きわめつけは、父親の勤務先の水族館の水槽で、大福が海亀と戯れるシーン。
生前、父親はハリボテの甲羅を背負って海亀の格好をして、「お父さんは死んだら海亀になるんだよ」と言い聞かせながら、大福とよく、この水槽で遊んでいたのだ。
父親が亡くなった後も、本物の海亀の甲羅に抱きついて嬉々として戯れる大福。
もうここでアウト!父親の言った言葉の意味がわかって海亀と遊んでいるのかはわからないが、大福がニコニコすればするほど涙があふれて止まらない。
その楽しそうな様子が、機嫌のいいとき、わけのわからない鼻歌を歌ういとことカブってまたまた号泣・・・。
人が笑うほどに涙が出る。『海洋天堂』はそんな映画だった。
帰省の際、金沢駅の駅ビルで友達と土産モノを物色していた。
金沢でも老舗のひとつに数えられる、とあるお店のブースに入ると、同じ町出身で、今は実家を引き払って金沢で生活している、ひとつ年下の女性にバッタリ会った。オープン以来ここで働いているのだと言う。
ショーケースを間に挟んで、3人でひととき昔話に花が咲いた。
実は、この女性とは今まで直接話をしたことはない。でも、狭い割りに人口密度の高い町で、小中(高)までほとんど同じ顔ぶれで生活していれば、約200人の同級生はもちろんのこと、兄弟姉妹の同級生や、商店街の家々の家族構成など、町の人のだいたいの顔はわかっちゃうものなのだ。
地元にいたら、話をするでもなく、ただの顔見知りで終わったかも知れないが、そこから同じ県内でほんの2時間ほど離れただけで、こんなに懐かしく思えるとは・・・。
帰り際、「賞味期限短くてどうせ処分するから」と内緒で、とある商品をタダでくれた。それじゃ悪いからと、わたしも少しだけ買い物をした。
奇しくも金沢は室生犀星の出身地。ふるさとは”悲しくうたふもの”、”うらぶれて異土の乞食となるとても帰るところにあるまじ”とうたった強烈な望郷の詩や、望んでもいないのに、ふるさとを離れることになってしまった原発被災者の方々のことを思いつつ、彼女からもらったものをしみじみ美味しくいただいた。
本当はその商品とお店を大々的に宣伝したいところだが、彼女に不都合があると困るので、言えないところがつらい。今度帰ったときにでもまた寄ってみようと思う。
金沢でも老舗のひとつに数えられる、とあるお店のブースに入ると、同じ町出身で、今は実家を引き払って金沢で生活している、ひとつ年下の女性にバッタリ会った。オープン以来ここで働いているのだと言う。
ショーケースを間に挟んで、3人でひととき昔話に花が咲いた。
実は、この女性とは今まで直接話をしたことはない。でも、狭い割りに人口密度の高い町で、小中(高)までほとんど同じ顔ぶれで生活していれば、約200人の同級生はもちろんのこと、兄弟姉妹の同級生や、商店街の家々の家族構成など、町の人のだいたいの顔はわかっちゃうものなのだ。
地元にいたら、話をするでもなく、ただの顔見知りで終わったかも知れないが、そこから同じ県内でほんの2時間ほど離れただけで、こんなに懐かしく思えるとは・・・。
帰り際、「賞味期限短くてどうせ処分するから」と内緒で、とある商品をタダでくれた。それじゃ悪いからと、わたしも少しだけ買い物をした。
奇しくも金沢は室生犀星の出身地。ふるさとは”悲しくうたふもの”、”うらぶれて異土の乞食となるとても帰るところにあるまじ”とうたった強烈な望郷の詩や、望んでもいないのに、ふるさとを離れることになってしまった原発被災者の方々のことを思いつつ、彼女からもらったものをしみじみ美味しくいただいた。
本当はその商品とお店を大々的に宣伝したいところだが、彼女に不都合があると困るので、言えないところがつらい。今度帰ったときにでもまた寄ってみようと思う。
2011年末~2012年の年明けを、能登半島にある実家で過ごした。あの東日本大震災があって、田舎の生活にも少しは変化があるだろうと思って来てみたが、全くなかった。と言うより、そんなことあったねぐらいの感覚で、町の人々の会話には節電や放射能の話は全く出なかった。そう遠くない場所に原発もあって、何か事故が起きれば影響を受けるのは確実なのに。
人口20,000人弱のこの町。推移を見ると、ここ20年ぐらいは5年ごとに、だいたい2,000人づつ少なくなっている。単純計算で行くと、25年で約半分になる計算だ。
若者は仕事を求めて当然のように都会に出る。残るのは年寄り。電車はとうの昔になく、採算がとれないのでバス路線も極端に少ない。去年、地元のスーパーのひとつとホームセンターがつぶれた。
最近は、子供を地元じゃない遠くのちょっといい学校に通わせるために、お母さんと子供が家を出て別に住み、お父さんだけが地元に残るという逆単身赴任みたいな現象が増えている。なんとな~く予想できることだが、そのまま帰って来ないお母さんもいる。
そんな感じでどんどん人が少なくなって、町は徐々に不便になっているが、その割に今の老人はお金があるので、なんと往復タクシーで買い物に行ったり、温泉旅行に行くのに割り勘でタクシーを使ったりする。なんちゅーデラックス。
76歳で現役美容師の伯母は、年末年始を不休で営業した。主に70代のお客さんの着付けのためだ。年末年始がそんな状態だったのは、はるか昔、私が小学生の頃以来の話だ。
地元のケーブルテレビをつけると、70~80歳を超えた方々が、三味線やらコーラスやら日本舞踊やらフラダンスを嬉々として披露している。小5のときの担任をコーラスで、小6の時の音楽の先生をフラメンコで見かけてビックリ。特に音楽の先生の方は現在78歳。それがどう見ても60半ばにしか見えないからビビッた。
どう考えても世の中のお金の配分を間違ったとしか思えないこの現象を、複雑な思いで見た年末年始だった。
チェコ共和国のハヴェル前大統領が亡くなった。
「プラハの春」と呼ばれたかつての民主化運動の中心人物で、それがソ連とその一味によって武力で制圧されて(チェコ事件)からは、当局による弾圧を受けたり投獄されたりしながらも民主化運動を続け、1989年、ついに当時のチェコスロバキア共産政権を血を流すことなく崩壊させ、チェコの初代大統領となった不屈の人だ。
この事件は「ビロード革命」と呼ばれているが、あまたある革命の中でも最も素敵な名前だと思う。
しかし「プラハの春」から「ビロード革命」、実質的な民主化まで20年あまり…。元々劇作家なのに作家活動を禁止され、投獄されること延べ4年。獄中の彼を支えたのは、奥さんからの手紙と、「自分が信じてきたことは正しい」という確信だったそうだ。
強い。そして優しい。ほんとうの優しさは、まず他人の人権を尊重することから始まるのだ。
政治家でも軍人でもない、一劇作家が、みんなに乞われて大統領となり、国の民主化と経済的にそこそこ走り出すまでを見届けたあとは再び劇作家に戻って普通に創作活動をする。チベット大虐殺に抗議するときも大使館の前でみんなに混じって一市民としてやっている。
佐藤さんやオバマさんより、こっちにノーベル平和賞あげるべきなんじゃ…。
と思っていたら、去年ノーベル平和賞を受賞した中国の劉暁波さんの投獄の原因となった「08憲章」という宣言文は、かつてハヴェルさんらが共産党政権の人権侵害に抗議するために起草した「憲章77」がモデルとなったものだった。
やはり、つながるものはつながるんだな。
17年前、わたしがよく知りもしないこの国に行ったのは、たまたま見たパンフレットの写真があまりにも美しかったのと、ハプスブルク家の歴史にミーハー的な興味があったのもあるけど、このビロード革命とやらをなし遂げた国を、この眼で見たかったというのもある。
プラハには未だに、当時ハヴェル大統領が投獄されていた建物が残っている。
今は改装されてホテル(Unitas Hotel/ウニタスホテル)になっているが、その部屋もちゃんとある。ハヴェルさん自身が民主化の象徴のようになっているのだろう。
元々は修道院だったらしく、中庭を建物がぐるりと囲む格好になっている。それがある時期は政治犯を収容する監獄となり、今はホテルとして生まれ変わっている。まさにプラハの歴史の移り変わりを映す建物だ。
ハヴェルさんは、インドのガンジーさんや南アフリカのマンデラさんと並んで、国際的に尊敬を集めている人なのに、2人に比べると日本ではいまひとつ知られていない。亡くなったことで少しは想い帰されるだろうと思っていたら、タイミングの悪いことに”金正日死去”のニュースが。
たぶんこれからは金正日のニュース一色になるだろう。それにしても人権を勝ち取ることに奔走した人と、人権をないがしろにしてきた人が同じ時期に亡くなるとは皮肉なものだ。ここのところ、世界の独裁政権が次々と崩壊しているが、彼はそれをどういう思いで見ていたのだろう?
何となく、イーグルスの『デスペラード(ならず者)』という歌を思い出した。
将軍様と崇め奉られつつも彼の心はいつも、この歌詞にあるように『この世を一人ぼっちで歩いてる囚人』であり、生涯『誰からも愛されることがなかった』のかも知れない。
彼の死が、世界じゅうから拉致されて来た人たちの自由のきっかけになればと思う。
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